店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
昨日、申し忘れましたが、1月1日より「月初め割引」が始まっております。もうね、月が変わるタイミングってのは、いろいろ忙しいのですよ。そこへ持って来て、年が変わるタイミングでもございますし、そのドンピシャのタイミングで肉離れとか、イッパイイッパイの数日間でございます。
年賀状がねぇ、まだ取りかかれておりません。なんかクタクタになってしまって、営業が終わると年賀状に取りかかる気力が残っていないのですよね。まぁ、でも、足の方も少し余裕が出てきましたので、そろそろ取りかかれるかなとは思っております。
3年ぶりに肉離れをやりまして気づいたことがございます。杖の使い方が、実に下手になっております。3年前が右足、今回が左足と、若干条件が違うのですが、それにしても杖が使えない。これって、利き手とか関係しているのでしょうか?
3年前のは、大変でございました。ほぼ1ヶ月、杖を手放せませんでしたからね。しかし、今回のは、以前よりは軽傷のようでございます。2日目で、足を引きずりながらも杖なしで歩ける状態。この分ですと、思ったより早く治癒しそうな感じでございます。
また他にも、気づかされることがございます。日常生活の当たり前の動作を、普段、いかに無意識にやっているかということでございます。例えば、階段を登るとき。下の段に残った足を引き上げるとき、単純に上げているように思えますが、実は「つま先で階段を蹴る」という動作を無意識にやっております。
ふぅ、ほぼ徹夜で年賀状完了。朝方、投函しちゃいました。肉離れとかいろいろ重なって時間的・体力的な余裕がなく、なんかあまり造り込めなかったのが、少し残念。と言いますか、「犬」っていうのは、特徴が有るようで無い。犬っぽくするのに、チョイト苦戦したのでございます。
紅白歌合戦の視聴率が、最低レベルだったとのこと。ワタクシ的には、まぁまぁ頑張って作っていたなぁとは思うのですけどね。一番良かったのは、オープニング。あのオープニングは秀逸。オープニングが良すぎて、看板倒れしちゃったかな?
歌をもっと聴きたいのに、その歌が短めで、なんかオチャラケ部分やビデオ部分が妙に長かったですねぇ。そこのところ、バランスが悪かった様に思えたのでございます。と言うか、ウッチャンを酷使しすぎ。「よくウッチャン、倒れなかったねぇ」と思っていたら、別の歌手が倒れちゃった見たいですね。
お正月は芸人さんの稼ぎ時なのに、そんな番組が見当たりませんねぇ。どのチャンネルも、人気番組の再放送ばかり。多分、一年で一番制作費がかかっていない時期ではないでしょうか? 放送局の台所事情も有るのでしょうが、それ以上に、テレビを見ない世代が増えているのでございましょう。
テレビ番組がみな模範解答的な無難な番組ばかりになってしまったのは、ネットでの批判を恐れるからかも知れませんね。拡散の速さ、そしてどこからか生まれる団結的行動、ネットのこの特徴は、一度悪評が立つとすかさずスポンサーへの不買運動にまで引き起こします。反応速度がハンパないのでございます。
昨日のコラムはお休みさせていただきました。年賀状作製に取りかかった頃から、連日、ほぼ徹夜状態。昨日は寝不足だったのでしょうねぇ、目が覚めたらお昼前。慌ててお店の準備をして開店。そんな準備のギリギリなときに限って、大盛況のてんやわんやは漫才コンビ。ひと段落したときには夕方。コラムの更新はあきらめて、メールマガジンを配信させていただきました。
さて、本日、またまたワタクシを寝不足にさせるような行事があるのでございます。熱田神宮の「初えびす」。正月5日の午前0時から24時限りのオンリー行事とあって、当店の様に深夜まで営業してますと、行くタイミングが難しい。で、4日の営業終了後の深夜に出向くことがほとんどなのでございます。
ただねぇ、今年は、足がぁぁぁ...そして、夜、風邪気味なのか、猛烈な頭痛がぁぁぁ...ほとんど気持ちが折れかかっておりました。「これは、行くなと言う神様のご暗示かな」なんて調子のいい事を言っておりましたら、従業員から「店主がその逆境に立ち向かわずしてどうする」と叱咤(しった)されまして、まぁ出向くことになったのでございます。
そうですよね、「その場所にわざわざ出向く人の心にありがたみがある」なんて言っているワタクシが、「今年は1回飛ばそうかな」なんて、もうね、実に、軟弱! 有り得ない! 言語道断! あ、言語道断は仏教用語、でもこの際、気にしない、神仏混淆、上等、上等。
深夜2時の熱田神宮、熊手、あきないえびすをいただきまして、神社に初詣。今回の熊手は「大」。多分、昨年のは「中」。おかげさまで、ひとつグレードアップさせていただきました。「大」の上に「特大」そしてボスキャラの「特製」とございます。当店も、オープン時からグレードアップを重ね、特製に行き着いた後、初心に戻るつもりで「小」から再スタートしたことがございます。
熊手、あきないえびすを手にしましたら、後のお楽しみは、宮きしめん、そして屋台の買い食いでございます(子供か?!)。懐かしいお菓子「生姜の砂糖漬け」が有りましたので購入。歩きながら少しつまみ食い。美味しい。あと、生年月日占いも100円で購入。当たるも八卦当たらぬも八卦でございます。
深夜3時頃にお店に戻りまして、さっそく飾り付け。あきないえびすを袋から出し、額に入れて飾るのでございます。ひと段落したところで、紅茶を入れまして、生姜の砂糖漬けをタップリ入れて深夜のティータイム。紅茶と生姜砂糖漬けのコンビ、これは、もうね、てんやわんやの漫才コンビの様に息ピッタリ。美味しい~~のでございます。
今さらながらですが、あけましておめでとうございます。で、年賀状ドウノコウノと言ってまして、その年賀状を紹介してなかったですね。では、お披露目しましょう! でも、今回はあまり自信が無いので、画像小さめでです。
最初、12年前のを参考にして作ろうと思ったら、毎年恒例の年賀状、その12年前だけ欠番となっていたのでございます。アレッと思いながらよくよく考えましたら、母親が亡くなって年賀状を出さなかった年でございますね。もう、干支が一回りしてしまったのですねぇ。
で、肉離れの話題が続いてしまいますが、やっと、病院に行けました。行きつけの整形外科、声が大きくて、単刀直入にポンポンと説明をしてくれる先生、3年ぶりの再会なのでございます。ワタクシの「お願いします」の言葉が終わる前に、「はい、足乗せて、靴のままでいいから」のお言葉。この先生、言葉も仕事も早いのでございます。
湿布と包帯の上からワタクシのふくらはぎを触っていき、「はい、アキレスOK」「はい、○○筋の○○炎ね、よくあること、よくあること、大丈夫!(専門用語、聞いたけど覚えてない)」「2本ある内の1本だけだから、大丈夫!」と矢継ぎ早に言葉を繰り出してまいります。
この小気味良い語り口と、何度も重ねる「大丈夫!」というお言葉、医者というのは頼もしいですねぇ。触っただけで、どの筋肉がどうなっているのかも分かるのも、まぁ専門医なら当たり前なのでしょうが、患者としては心強い。
星野仙一さんの急逝、驚きました。ご冥福をお祈りいたします。ワタクシは星野仙一さんの現役時代を、中日球場(現ナゴヤ球場)で見ておりますからねぇ。「燃える男」と呼ばれた男、宇野勝のヘディングに激高してグラブをグラウンドに叩きつける姿、いまだにはっきり覚えております。
でも、引退直前は、寂しい背中姿を見せることが時々ございました。いつぞや、敗戦処理で8回くらいに登板し、めった打ちにされ、ワンナウトも取れずにベンチに下がった事がございました。後からの報道で、その敗戦処理を自分から申し出たと言うから、男ですねぇ。まぁ、相手チームの非情さの方が勝ったみたいですけどね(笑)
新年も1週間が過ぎまして、テレビ番組も通常に戻りつつございます。NHKの大河ドラマ、最初の方をチラッと見てみました。店番をやりながらなので、あまりジックリとは見れないのでございます。明日にでも腰を据えて、録画を見ることにいたしましょう。
どうも大河ドラマは、男性が主役の年しか興味が湧かないのでございます。ということで、1年ぶりでの視聴、大河ドラマ『西郷(せご)どん』なのでございます。主役の鈴木亮平さんは、まぁ器用な役者さんでございますね。役に合わせて太ったり痩せたり、時にはパンツを被ったりと、多才でございます。
何でも出来る、まぁ悪く言うと「器用貧乏」な役者さんというのは、非情に使い勝手の良い”脇役”として重宝されることが多いのでございます。逆に、不器用なゆえか何かしら目を引くという人の方が、その不器用ながらも主役に抜擢されることも多い。ですので、鈴木亮平さんの主役は、ワタクシとしてはチョイト微妙な気持ちなのでございます。
もう1人、脇役として重宝されてきた女優さんがございます。西郷隆盛の妻の役の「黒木華(はる)」でございます。彼女も、なまじっか演技力に長けているために、どんな役も無難にこなすのでございます。しかし、主役として抜擢されると、そのアクの無さが災いして埋没しやすいのでございます。
主役を張るというのは、どこか「悪目立ち」が必要だと考えております。「我(が)」と言うのでしょうか、「反体制」と言うのでしょうか、回りの人達に「仕方ねぇなぁ、こいつのやり方につき合ってやるか」と思わせてしまうのでございます。まぁ、その悪目立ちを補って余りある”輝き”を本人が持っているからこそ、回りが従順するのでございますけどね。
さて、鈴木亮平と黒木華のご両人、組み合わせとしては、どちらも同じタイプで良いコンビだと思うのでございます。ただ、どこかに「アク」を持たないと、2人合わせて平凡な演技になってしまいそうで、少し心配しております。まぁ、ワタクシの好きな女優さん、黒木華さんが抜擢されたことは、個人的には大喜びなのではございますけどね。
ただねぇ、その黒木華さんの初登場の場面が、老け役とか、もうね、NHK、最悪! 肌ピッチピチの若い人が老け役やっても、キマルわけないじゃん。どうして、もっと一番綺麗な姿で登場させないかなぁ? この「老け役初登場」の技法は、朝ドラでも頻繁に使われる。もう、どうにかして!
「アク」が有るとか無いとかというお話をいたしましたが、純粋な物にほんのちょっと不純が混じるというのは重要。甘い物にほんの少し塩を入れると甘みが増すでしょ。シリコンという”土”にほんの少しの不純物を混ぜると、トランジスタという現代ITの要(かなめ)となる部品になる。
歌や演技も同様。純粋すぎる歌や演技は、どうしても今ひとつ魅力を欠いてしまうのでございます。ほんの少しの、何かしらの「アク」、これがあると、その歌や演技が俄然魅力を帯びてくる。しかし、度を超すと、単なる悪目立ちになってしまう。
男性経験が浅い子で、一度、ワタクシが実際に模擬プレイをしてみないといけないとは思っておりますが、いかんせんワタクシの足の具合が...ということで、入店後、余裕のあるときに模擬プレイをしてご報告するつもりでございます。
取りあえず、オフィシャルサイトとヘブンネットに新人としてアップロードしてありますが、プロフィール欄はまだまだ空白部分ばかりでございます。プレイに慣れるに従って、プロフィール欄を埋めていきたいと思っております。
貸衣装の「はれのひ」事件、もう最悪! 成人式当日にトンズラとか、悪質すぎる。しかも、自分のところの衣装を引き上げるだけならまだしも、顧客から預かっている振り袖まで持っていってしまうとか、いったいどういう神経なのでしょうか?! プン、プン!
旅行代理店の「てるみくらぶ」の破産の時も、多くの方がすでに前金を入れた後で大変な騒ぎになりました。旅行中に泊まるホテルがなくなるという悲惨な方もいらっしゃったとか。この事件もやはり、かなり前から「前金」を要求しての破綻。前金で補填し続けるという自転車操業だったのでしょう。
ワタクシ、東京でお部屋の賃貸契約をする際、不動産屋に騙されそうになったことがございます。敷金、礼金、手数料などの計算で、合計額がかなり盛られていたのでございます。その物件、違う不動産屋がお部屋の鍵を持っていて、鍵を貰いに出向いたときに計算違いが発覚。危うく、ボラれるところでございました。
その騙そうとした不動産屋は、その後、1ヶ月ほどで閉店しておりました。ギリギリの自転車操業の時にワタクシが契約しようとしたのでございましょう。もう店じまいを覚悟の上での店舗がらみの騙しなのか、あるいは店じまいを予測した従業員が最後に小遣い稼ぎをしようとしたのかは分かりません。この経験を機に、ワタクシは不動産業に若干の不信感を持っているのでございます。
文字通り、自転車操業ってのは、「止まると倒れてしまう」という状況でございます。入ってきたお金を取って出しで支払いに回していくという状況。経営者としては、カミソリの刃の上を歩いているような心境でございましょう。本当は、そうなる前に手を打つべきだったのでしょうけどね。
商売というもの、何かしらの手を打っても、その結果が出るには数ヶ月とか1年とかかかるのでございます。組織の体質や給与システムを変更しようなんてことになったら、もう何年もかかります。体質や給与というのは、人の心が関わってまいりますからね。理解してもらい、受け入れてもらい、新しいやり方が定着するまで待つ。時間がかかるのでございます。
経営というのは、大きな船の操舵みたいなものでしょうか。舵を切ってもすぐには曲がらない。加速も減速も、やはり遅れて効果が現れる。いかに早く予兆を察して、早め早めに対策を打ち、その効果が現れるのを忍耐強く待ち、その間も新たな予兆を敏感に察知して未来を展望する。先を読み、早めの対処がキモなのでございます。
当店はオープン当初、VIPルームは追加料金をもらっておりませんでした。5年目くらいの時でしょうか、そのVIPルームを有料化するにあたり、半年前からアナウンスし、VIPルーム常連のお客様にはその間クーポン券を配りまくるという対応をいたしました。結局、VIPルームの有料化を定着させるのに1年くらいかけております。
あるいは、当店のコンパニオンへのギャラの計算システムは、時代の流れに伴い、今までに何度か大きな変革を経験しております。この際も、十分な予告期間を取り、理由を十分に理解してもらい、かつ、古いシステムと新しいシステムが混在する「ダブルスタンダード」も辞さないという構えでやって来たのでございます。給与に関わるというのは、それをもらう人の心に関わるという事。どうしても数年がかりになるのでございます。
昨日、お店の給与システムの変更のお話をいたしました。うちの様なお店のお給料の仕組み、興味津々な方も多いのではないでしょうか? 細かい数字を挙げることは出来ませんが、この17年間でどの様に変化してきたかはお話しできるのでございます。ということで、始めてみましょう。
オープン当初と言いますと、もう17年前でございます。その時の給与システムは、正に「年功序列」方式。新人で入店して来たときが最低額。半年ごとに少しずつ上がっていき、4~5年程で最高額になるという感じでございました。かつてのニューハーフ業界というのは、先輩・後輩のはっきりした封建社会(笑)でしたから、まぁみんなこれで納得しておりました。
その後に導入したのは、出勤率を元にしたランク制。出勤率の多さで10段階のランクを決め、そのランクに従って毎月のお給料が変化するというシステムでございました。稼ぎたい人はガムシャラに毎日の様に出勤し、お給料が割安でもいいからお休みが欲しいという人はノンビリ出勤しておりました。
このランク制の導入に至ったのは、ニューハーフ業界の封建社会が消滅し始めた時期でございますね。ニューハーフ業界とは縁のない一般の女装者さんなどが入店してくると、先輩・後輩という意識がどんどん薄くなってまいります。そうなりますと、新人のお給料が最低額というのは、実に不合理になって来るわけでございます。
そこで、新人さんでも頑張れば最高額が貰えるようなシステムとして、ランク制の導入でございます。これは、新人さんを勧誘する謳い文句でもございました。このあたりから、飲食店経験のプロニューハーフさんの入店が減り、一般のアマチュアさんの入店が増えてきた時期でもございます。
このランク制は、少しでも多く出勤してもらおう、安定して出勤してもらおうという、お店の狙いも有ったのでございます。ランクが下がることを気にして、不用意なお休みは少なくなるだろうという考えでございます。ところが、この市場効果が効かない人達が増えて来るのでございます。
世は流れ、お仕事・収入よりもプライベートを重要視する人が増えてまいります。すると、もうランクなんか気にしません。お店からすると、まぁ悪い言葉になりますが、「ランクで釣る」ということが出来なくなるのでございます。そこで、また新しいシステムの導入でございます。
次のシステムが、「全員一律」の金額。全員が同じ条件でほぼ満額の給料を初日から貰えるというシステムでございます。このシステムの前は「研修期間」というお給料が少し安くなる時期も設けておりましたが、それも廃止。厚生労働省が進める「同一労働、同一賃金」的なシステムでございますね。
オレンジ色のモフモフしたものが雑に巻かれておりますが、まず注目して頂きたいのが、マゼンタ色のハイヒール。クロックス(アメリカの靴メーカー)のハイヒールサンダルでございます。肉離れをやらかしてからは、ふくらはぎへの負担の少ないハイヒールが手放せない、いや足放せないのでございます。
このハイヒールのクロックス、買った当時は、まぁつま先が痛くて痛くて、ろくに履いておりませんでした。その靴箱の肥やしが日の目を見たのは、3年前の前回の肉離れの時。医者に「ハイヒールを履け」と言われて思い出したのがコレ。今回も、大活躍でございます。
さて、写真に写り込んでいるオレンジ色の雑なヤツ。これは、レッグウォーマーでございますね。本来は、ダンサーやバレリーナが足下を冷やさないように付けるものでございます。それが、1980年代にファッションとして大ブーム。つい数年前にも、再ブームがございました。
本当は、このレッグウォーマー、足首を守りたいのでございます。ですので、下までグリグリグリッと下げて履くのですが、このサンダルの形状だとズリ上がっちゃいますよね。まぁ、でも、ジーンズの裾から入ってくる冷気は防げますので、これでもそこそこ暖かいのでございます。
ダンスのレッスンで使っていたときには、ベタ底のダンスシューズの踵(かかと)まで被せて使っていたものでございます。踵の下に被せてしまうとすぐにボロボロになりそうですが、そんなのを気にしないのが”クール”と言って、当時は気取っていたような気がします。
ハイヒールでレッグウォーマーを付けるときは、レッグウォーマーに穴を開けてヒールを通して使うのでございます。想像できますでしょうか? そうすると、ハイヒールを履いていても、足首まで被せられるでしょ。80年代、そんな格好をして街を歩いた覚えがございます。
いやはや、何ともダサイ。ジーンズの裾を無理矢理レッグウォーマーに押し込んでいるのが、痛い。いや、足が痛いのではなく、かっこ悪くて痛々しいという意味でございます。レッグウォーマーってのはタイツとかレギンスの上に付けるものでして、ジーンズの裾を押し込んじゃいますと、もうこれは、脚絆(きゃはん)の世界(笑)。
脚絆、分かりますか? 時代劇で、旅人などが足のスネに巻いている布がございますよね。それが脚絆。同様に、手首に巻いて手の甲をカバーする布がございますが、それは手甲(てっこう)と申します。どちらも時代劇の必須アイテムなのでございます。
新人の「柚木めい」、プロフィール欄がほとんど空白になっておりますので、どんな子なのか興味津々の方もおられましょう。ということで、ワタクシ名古屋薫が、責任を持って、柚木めいとプレイをしてみました。今日は、そのレビューでございます。
まず、とにかくスレンダーでございます。スレンダーで、かつ、骨が細く、肉付きもほどほどにございますので、スレンダー体型によく有る骨張った感触は、全くございません。ペチャパイの華奢な女の子を抱いているという感触でございます。のど仏もほとんど出ておらず、身長も低め。体型的には、かなり恵まれている感じがいたします。
性格は、かなりのオットリ系。ですので、「機敏に動いて短い時間にいろんなことをして欲しい」という要望には、ちょっと向いていないかも。「ノンビリした雰囲気で、ゆっくりイチャイチャしたい」というプレイ向きでございます。
キスをしてみました。本人、最初、「ディープキスはやった事ないのでやれるかどうか分からない」と申しておりましたが、ワタクシが舌を入れると普通にディープキスを出来ました。まだまだ不慣れなウブなキスでございますが、ディープキスは出来るようですので、プロフィール欄でも「○」にしておきました。
オッパイは、期待しないで下さいませね。ホルモン療法など一切しておりませんから、ここはペッタンコの男の子の胸。緊張しているのか、まだ開発される前だからか、乳首への刺激の反応は低め。これから開発されていくのでしょう。
オチンチンですが、大きさは「中の中」といったところでしょうか。大きくなく、小さくもなく、普通の大きさでございます。まぁ、何を持って「普通」というかは問題でございますけどね(笑)。仮性包茎で、引っ張れば皮はむけます。真っ直ぐに伸び、ネモトから先っちょまで同じ太さの綺麗なオチンチンでございます。
何もかもがほとんど未経験という状態ですので、どんどんいろんなプレーを疑似体験させちゃうのでございます。まず、ワタクシのオチンチンを練習台にフェラチオをさせてみたのでございます。まぁ、これも、キスと同じで、ウブなフェラチオ。これから上手になっていくでしょう。フェラチオに対する抵抗感は無いようでございます。
今度は逆に、ワタクシが彼女のをフェラチオいたしました。フェラチオ”される”ということにも、特に抵抗感は無いようでございます。普通はこのタイミングでシックスナインの手順などを教えるのでございますが、ちょっとイッパイイッパイになっている感じでしたので、フェラチオに関してはここまでにしたのでございます。
ワタクシの Mac には、様々な電子辞書がインストールされておりますが、それとは別に、SHARP の電子辞典も使っております。ジャパネットの通販で15年前に買ったものですが、今でも重宝しております。今日は、そんな電子辞典・電子辞書のお話。
広辞苑の第7版が発売されたとか。いやぁ、ぶ厚い紙の辞書を今さら大々的に宣伝されましてもねぇ。きょうび、紙媒体の辞書を購入する人がどれだけいるでしょうか? 岩波書店といえば、出版社の老舗。その岩波が出す広辞苑は、辞書業界のスタンダードとも言える存在。もうそろそろトップに立つ者が、先陣を切ってもいいと思いますけどねぇ、紙媒体への決別を。
紙の辞書というのは、その大きさの制限のために様々な制約があるのでございます。どの語を選別し、どの語を外すかとか、改行による無駄な余白を減らすために、説明文の文字数を切り詰めるとか。あと、いかに薄く丈夫な紙を選別するかなんて工夫もございますね。
紙の辞書は、その編纂(へんさん)者の方々の涙ぐましい努力の結晶であることは申し上げましたが、ワタクシ、あえて、言いますよ! もうね、時代遅れなのでございます。語の取捨選択とか、文字数の切り詰めとか、電子辞書なら全く必要ない努力でございます。過去の版で掲載・削除された語を全て復活させ、設定で「表示・非表示」を切り換えるなんてことも出来るのでございます。
また、紙媒体というのは、後からの訂正が難しい。今回も、「台湾」の説明文に関して中国からクレームが来ておりますが、それに何らかの修正が入るとしても、次の版が出るまでの何年も先になってしまう。電子辞書ですと、アップデートという形で、随時、変更・修正を入れることが出来るのでございます。
ネット上の百科事典としてウィキペディアがございますが、あれは総括する管理者が不在の無法地帯。デタラメな表記も混じっているので危なっかしい。内容に関して書店が責任を持ち、かつ細かい修正・アップデートがその書店の責任で行われる、そういった辞書こそ、今、必要だと考えております。
まず、ひとつ、お知らせを。先日、ワタクシがレポートした新人の「柚木めい」ですが、結局、退店ということになりました。非情に短い期間でしたが、お疲れさまでした。何とかこのお仕事が出来る様にワタクシも努力したのでございますが、このお仕事ってのは、ほんと、向き不向きがはっきりしているのでございます。申しわけございません。
さて、お話は変わります。朝起きてテレビを見ておりましたら、何やら対談番組が画面に映っており、久米宏、市川紗椰、デーモン小暮が、大相撲の話で盛り上がっておりました。その対話の中で、久米宏さんが舞の海さんに次の様な質問をしたときの体験談をしておりました。
久米宏「 | 普段から連絡を取り合うような仲の良い間柄の力士が、もし千秋楽で、片方が七勝七敗、もう片方が二勝十二敗で取り組みとなったら、どうするんですか?」 |
舞の海「 | そういうのも含めて、大相撲なんですよ」 |
え~と、寝ぼけておりましたのでうろ覚えですが、だいたいこんな内容。ちょいと含みのある舞の海さんの返答は、「ガチ相撲も大相撲、人情相撲も大相撲、そのどちらも飲み込んでしまうような大きな大きな存在なんですよ、大相撲は」てな感じの意味合いなのでしょうか?
落語に人情相撲の話があるように、情に流されて勝ち星を譲ってしまうというのは江戸の時代から有ったようでございます。けど、外国勢が増えた現在の大相撲で、その日本的な「人情の機微(きび)」というものがどれほど伝わるでしょうかねぇ? まぁ、ひとつ言えるのは、ガチとか情とか、そのどちらかで括ってしまえる程に単純なものでは無いようでございます、大相撲は。
今回指摘されたのは、「LGBT」に関する説明文。LGBTとは、レズ・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字でございます。で、広辞苑の説明文が、「多数派とは異なる性的指向を持つ人々」とのこと。この「性的指向」という語が、くせ者だったようでございます。
レズは女性同性愛者、ゲイは男性同性愛者、バイセクシャルはどちらもいける人。この3種の人達は、自分が「男である」「女である」ということに納得している人達なのでございます。納得しつつ、好きになる人が、同性あるいは両性という「指向」なのでございます。
そして、トランスジェンダー。この人達は、自分の心の性と体の性が一致してないと考える人達。一致してないから、異性の衣装を着たりする。ほら、LGBの3種とは、全く逆でしょ。この真逆な人達を十把一絡げに「性的指向」で片付けじゃったので、クレームが入ったというわけでございます。
ややこしいのは、トランスジェンダーの人の中に、ゲイやレズやバイセクシャルの人がいるということ。つまり、トランスジェンダーってのは、ゲイ・レズ・バイセクシャルよりもひとつ上の階層の言葉なのでございます。階層の違う語がひとかたまりになって造語を作っているということに、そもそもの問題がございます。
まぁ、専門用語の説明が不正確というのは、辞書にはよくあること。今のLGBTの話題の加熱ぶりもあって、重箱の隅を突っつかれてしまいましたよね。一昨日申しましたように、紙媒体の性質上、言葉足らずだと分かっていながら、泣く泣く説明文を切り詰めるという事もございます。このLGBTの説明文がそうだったかは、分かりませんけどね。
さて、LGBTという区別、「ニューハーフ」はどれに当てはまるのでしょう。と書くと、これは難しい。ニューハーフの中に、ゲイもバイセクシャルもトランスジェンダーも存在するというのが正解でしょうか。とすると、「ニューハーフ」という語は、さらに上の階層の言葉だということになるのでございます。
ワタクシは古くから、「ニューハーフ」は「お仕事の名称」だと申しております。つまり、トラックの運転手とか、学校の先生とか、公務員とかと同じ並びで、「ニューハーフ」も存在すると考えております。辞書的に説明すると、「男性が女性の姿をすることをセールスポイントにしている職業」とでも申しましょうか。
30年くらい前のニューハーフの飲食店では、奥さんや子供さんがいるニューハーフさん(ゲイボーイ)とかよくいらっしゃいました。化粧を落とすとイケメンで、プライベートで彼女がいるという方もチラホラいらっしゃいました。まぁ、「男が好きで...」という理由でニューハーフになった人が圧倒的に多いのでは有りましたけどね。
そこで気になるのが、市販の辞書での説明文。広辞苑の第六版では、「(和声語 new half)女装した男性。また、女性への性転換者。」とございます。学研の『パーソナルカタカナ語辞典』によりますと、「女装した男性同性愛者。特に男性から肉体的な性転換を行った人」とございます。
ふむふむ、広辞苑もパーソナルカタカナ語辞典も、「一般的に思い込まれている解釈」ではございますね。でも、当事者のワタクシから見ると、明らかな言葉足らず、と言うか、間違い。だからと言って、「実は、こんな人もあんな人もいて、この説明文では不正確」と、辞書の出版社に抗議する気持ちは、毛頭ございません。
辞書の表記は、難しいですよね。語が「本来持つ意味」と、一般に使われている「用法」とが乖離(かいり)している場合も少なくございません。今では「Good」の意味で使われることもある「やばい」なんて語は、その代表例でございますね。
ここ最近、携帯電話(ガラケー)の電源が勝手に落ちるということが頻繁に発生し、困っておりました。こりゃ、電池が怪しいかなぁ?なんて思いながら取り出してみましたら、案の定、パンパンに膨らんでおります。その電池がこれ。
いやぁ、膨らんでおりますねぇ。では、早速、電池だけ購入、と思いましたが、何しろ7年も前のガラケー。しかも、すでにバイブ機能は壊れている。電池交換してまで使うかなぁ?とも思ったのでございます。そのガラケーがこれ。
何と、裏側はヒノキでございます。本物のヒノキでございますよ。型番は「SH-08C」。今となっては時代遅れのガラケーなのですが、思い入れがあってどうにも手放すのが惜しい。結局、電池だけ購入して、使い続けることにいたしました。
このガラケー、発売日が「2011年3月18日」。そう、あの大震災の直後なのでございます。そして、当時の新品の価格が、何と驚くなかれ、¥77,910。今なら、iPhone が買えそうな価格でございます。15,000台の限定発売ですが、市場には相当数の「新品」が残っているみたいでございます。
7年前の機種ですが、新品で、まだ¥30,000くらいの値段がついております(ビックリ!)。今、使っているのはバイブ機能が壊れてるし、新品が見つかったら買っちゃおうかなとも思いましたが、思いの外の高値、¥2,000のリチウムイオン電池で我慢したのでございます。
・TOUCH WOOD SH-08C「森の木琴」篇
(docomoオフィシャル)
https://youtu.be/CW9LTtn32K8
・「森の木琴」(ロングバージョン)
https://youtu.be/C_CDLBTJD4M
・「森の木琴」メイキング映像
https://youtu.be/0KNNubkL7xo
全校生徒がグラウンドに整列して校長先生の挨拶を聞くという朝の朝礼、今でも行われているのでしょうかねぇ? これまた今はどうか知りませんが、当時は、「前へ〜進め!」とか「右にならえ!」とか「回れ〜右!」とか、まるで兵隊さんのような号令がかかるのでございます。
で、全校生徒がグラウンドに整列し、校長先生のお話の時には、「校長先生に、注目!」と号令がかかるのでございます。すると、小学生全員、その場で少し回転して、校長先生の方へ体を向けるのでございます。お話が終われば、「前に、なおれ!」だったかな(この号令はうろ覚え)、また号令がかかり、みんなその場で正面に向き直すわけでございます。
この時、時々、「前に、なおれ!」の号令が忘れられることがございます。まぁ、それでも、その後の退場時の「前へ〜進め!」の号令では、みんな前を向き直ってきちんと整列して自分たちの教室へ戻っていくわけでございます。小学生ながらも、みんな空気を読んでいたわけでございます。
ある日、ワタクシの教室の担任の先生が、「この号令の言い忘れはおかしい!」というお話をいたしました。「注目したまま『前に進め』なら、全校生徒が校長の下へ集まってくるはずだ」と、主張したのでございます。先生は、冗談で言ったのでしょうね。でも、小学生の純真な心は、それを冗談として受け止めてはいなかったのでございます。
さて、その何日か後、朝礼のグラウンドをパニックに陥れる、悪魔の条件が整ってしまったのでございます。校長先生のお話の後、「前に、なおれ!」の号令は忘れられ、退場の音楽がかかり、「一同、退場! 前に〜進め!」と号令がかかったのでございます。
整列の端の方から、順番に前へ進んで退場していきます。もちろん、他のクラスは空気を読み、真っ直ぐ前に行進して行きますよね。順番が来たとき、ワタクシの並んでいる一列全体が、躊躇(ちゅうちょ)で少し固まるのを、子供ながらに感じ取ったものでございます。
先頭に立っている子のプレッシャー、ハンパなかったでしょうね。ほんの一瞬、列全体が固まった後、その先頭の子は朝礼台の方へ向かって歩き出したのでございます。小学生と言えども、日本人的全体主義をみっちり仕込まれております。先頭が向かえば、二人目も続く、三人目も続く...
ワタクシの列だけ、朝礼台に突進でございます。朝礼台にぶつかったところで、足踏み。他の教室の生徒、先生方、何が起きたのか分からず、パニックでございます。鬼の形相で怒号する先生、少し狼狽(うろた)えながら近づいてくる担任。目が点になっている音楽の先生。
ドラマなら、スローモーションの画面に中島みゆきの『世情』がBGMとして流されるのでしょうが、残念ながら、『世情』の発表はこの朝礼台突進事件の5~6年後でございます。グラウンドをパニックに陥れた三十数名の小学生は、担任の指示により踵(きびす)を返し、無事、自分たちの教室へ行進していったのでございます。
さんざんいろんな役をやって来た木村拓哉ですが、今回はボディーガードの役。ボディーガードのドラマというと、岡田准一さんの『SP 警視庁警備部警護課第四係』があまりにも有名ですが、こちらは民間の警備会社という設定で、非武装。この非武装というのが、このドラマのキーポイントとなるのでしょうか?
民間の警備会社という設定で思い出されるのは、山田太一脚本、鶴田浩二主演の『男たちの旅路』をどうしても思い出してしまうのでございます。あるいは、昨年放送された、NHKの『4号警備』の方が、身辺警護という設定では近いかな。
こういった民間の警備会社という設定では、警護の対象が地味になるのが普通。その地味な設定で、木村拓哉という派手な人物がどう収まるのかというのは、ちょいと気になるのでございます。で、第1回を見た印象では、木村自身、極力その自然に発散してしまう派手さを押さえ込んで演技している感はございます。いい年ですし、そういう役も出来る様にしないとね。
悪目立ちをする主役がいて、その悪目立ちを「ワル」のままにさせないのは、脇役やスタッフとのコンビネーションの力でございます。「木村なら数字(視聴率)が取れる」ということで、木村拓哉さん主演ですと、脇役やスタッフが充実する。その良い循環によって、キムタクドラマは支えられてきたのでございます。
ただ、木村さんの不幸は、事務所が「ドラマは片手間でいい」と考え続けてきたことでしょうね。それで、歌の仕事がメインになり、ドラマに割くスケジュールは最低限となる。当然、十分なリハーサルも演技指導も行われず、木村拓哉の地の演技を脇役がカバーするというドラマばかりになったのでございます。
あともう一つ、これは推測ですが、木村さんの回りに「異を唱える」人がいないのではないでしょうか。10代から芸能界やってると、一般常識に疎くなることがございます。で、時として、とんでもない常識知らずを演技で露呈させてしまうということが、過去に何度かございます。回りが気づいていながら注意できないという空気が、現場にあるのでしょうか?
逆に言いますとね、事務所に有無を言わさずスケジュールを押さえることが出来、ズケズケと指摘や演技指導が出来る、そんな人が監督だと、木村拓哉さんは非情に良い演技をするのでございます。では、歌の仕事が極端に減り、解散騒ぎもひと段落したこの時期、現場はどんな空気だったのでしょう? それがこのドラマの出来に現れているような気がいたします。
解散直後のドラマ、『A LIFE 〜愛しき人〜』では、初回こそギグシャクしてましたが、回を重ねることに、シックリと落ち着いたドラマになってまいりました。解散騒ぎで、回りは気を遣ったのでしょうか? それに比べると、今回のドラマは初回から、そこそこまとまっている気がいたします。SMAP解散は、役者としての木村拓哉さんにとっては、追い風になったように思えるのでございます。
ただねぇ、木村拓哉さんの演技で、ワタクシなりの要望があるとすれば、ちょっとしゃべり過ぎかなぁ。特に、「ドヤ顔で決めぜりふを言わないと主役ではない病」にかかってないかなぁ? 元々器用な役者さんではないのですから、台詞を言わず、顔の表情とか、背中で演技の出来る役者さんを目指して欲しいなぁ。それが出来ると、「何を演じても”キムラ”」とはもう言われなくなると思うのでございます。
従業員によく、「ママは休まないんですか?」と聞かれます。ほんと、休みませんねぇ。昔、ボーイを雇っていた頃は気軽にお休みを取っておりましたが、今はほぼ1人で切り盛りしてまして、365日、まったく休んでおりません。
自分のお店が好きというのもございますが、どうもね、休めないのでございます。もし休んでしまって、それを知らずにいらっしゃったお客様がどんなに淋しい思いをするか。いつもそれを考えてしまうのでございます。これはね、ワタクシの幼少期のトラウマが、大きく影響しているような気がいたします。
母子家庭でしたので、幼少期から1人で留守番をするということが多かったのでございます。朝、母親が仕事に出る姿を淋しげに見送り、夕方帰ってきた母親に、まるでペットのワンちゃんが尻尾を振って喜ぶように抱きついたものでございます。
母親は毎朝、ヤカンに入れたお茶とお昼ご飯、わずかばかりのお小遣いを置いて出かけておりました。昼間の時間つぶしは、テレビと、ひとり遊びと、お小遣いを持って出かけること。駄菓子屋とオモチャ屋と本屋、これがワタクシのお気に入りでございました。
雑誌の発売日に、お金を握りしめて本屋へ走って行ったりしたものでございます。ただね、時として、お店が臨時休業の時がございます。子供ですから、行動範囲が狭い。他の本屋へ行くという知恵が無い。落胆して、同じお金を握りしめたまま、帰ってくることもございました。
普通ならたいしたエピソードでもないのでしょうが、普段から淋しい思いをしていた時に受けた一撃は、幼少のワタクシの心に、深いトラウマとして刻まれたのでございましょう。それでワタクシは、「居なくて淋しい思いをさせてしまう」ということに、人一倍神経質になったような気がいたします。
でもね、この幼少期の体験を、後悔などしておりませんよ。むしろ、感謝、大感謝でございます。今のワタクシの価値観のほぼ全ては、この時期に育まれたと思っております。淋しさがワタクシの感受性を、ひとり遊びがワタクシの創造性を育みました。幼い頃から”ませた”テレビ番組を見ていたのは、エロさを育んだのでしょうか(笑)。
また、こんなエピソードもございます。幼少期のある日、ワタクシはなぜか、「猿になりたい」と思い込んだのでございます。今となっては、理由不明。テレビを見たのか、何かの漫画の影響か、猛然と猿になりたいと思ったのですよね。
で、ワタクシがやったことは、オモチャのスタンプ台からインク部分を外しまして、母親がわざわざ用意してくれたヤカンの中のお茶にぶっ込んだのでございます。そして、そのインクで染まったお茶を、ワタクシは体全体に塗り始めた! お猿さんの体の色に近づけようとでもしたのでしょうか? でも、もうね、幼少にして狂気の世界でございます(笑)。
そして、部屋の中は阿鼻叫喚の世界。そこら中、スタンプのインクで汚れまくり、ほぼ半裸状態のワタクシの体は、薄いまだら模様で染められております。怖ろしいことに、当時のワタクシ、まったく罪悪感がございませんでした。そして、帰ってきた母親に、こっぴどく叱られることに。ただ、叱りながらも、子を想い用意したお茶が無残なことになっていることに、悲しい顔をしておりました。
中部地方で、土曜日の夕方に、『ぐっさん家(ち)』という山口智充さん主演の番組がございます。本日の行き先が、愛知県の吉良町、吉良温泉でございました。忠臣蔵で有名な吉良上野介の地元でございますね。まぁ、今日のお話は、忠臣蔵とは関係ないのですけどね。
またまた古いお話になっちゃいますが、30年程前、ワタクシが名古屋の錦(名古屋の繁華街)で働いている頃、お客さんの1人が「海水浴に連れてってやる」と申し出てくれたのでございます。しかも、ワタクシの母親も一緒に連れてこいとのこと。水着をどうするかという大問題がございましたが、とにかく、一緒に行ったのでございます。
で、その行き先として決まったのが、吉良海水浴場。ワタクシと母親とそのお客様と、行きましたよ吉良へ。『ぐっさん家』で紹介されていた現在の吉良は綺麗に整備されておりましたが、30年前の海水浴場ですから、ごく普通。海水浴というよりは、潮干狩りがメインでございました。
沖に「梶島」という無人島がございまして、連絡船で渡ってみましたが、何もない島。グルッと島を1周してすぐに次の連絡船で引き返した覚えがございます。海岸で網いっぱいのアサリを収穫しましたが、それを海岸に忘れてくるという大ポカをやらかして、ほどほどに日焼けして帰ってまいりました。帰り道で購入した干物が美味しかったのでございます。
1位・2位を水瓶座と山羊座が独占! 「水瓶座の人と山羊座の人は交通事故で死にやすい」という、一部の方にとっては衝撃的な結果が出ております。サンプル数を確認したくて愛知県警のサイトを覗いてみましたが、細かい数字は記されておりませんでした。でも、10年分のデータによる統計ということですので、まあまあ相当数のサンプルではないでしょうか。
1位と2位に特徴のあるデータですが、番組ではこれを「単なる偶然」で片付けておりました。まぁ、ここをツッコムのは番組の趣旨ではないとは言え、こんな面白いデータにツッコまないでどうする! ということで、ワタクシがツッコムのでございます。
誕生日は山羊座が「12/22〜1/19」、水瓶座が「1/20〜2/18」、隣り合ってる、ほら、面白くなってきた。12/22〜2/18に生まれた人が、交通事故死亡者の上位を占めているということでございます。自転車死者数に至っては、3位の魚座(2/19〜3/20生まれ)を含めて1〜3月独占でございます。
ワタクシは、2017/4/21のこの欄で、社長さんの誕生月に関して言及しております(【本来、統計学・経済学は理数系の学問】)。その際、「早生まれ」が関係しているのではないかと申し上げました。そして今回のデータ。似てますねぇ。同じような要因が、プン、プン、臭うのでございます。
早生まれ(1〜3月生まれ)は学年の最後に当たり、他の子供達に比べて生育が遅れてますので、幼稚園や小学校では一般的に不利だと言われております。その不利な状況で他の子と競争をすることになり、それで早生まれは忍耐強い性格になり、社長になる人が多い、というのが、昨年の書き込みの趣旨でございました。
ただ早生まれと交通事故との関連は、いったい何なんでしょうねぇ。思うに、(今は違うのかも知れませんが)日本の小中学校というのは朝礼や行進の際、背の低い順に並ばされます。発育が遅いと、その先頭に立たされることが多いのでございます。
子供の頃から先頭を切って歩いているので、道路も先頭を切って渡ろうとして事故に遭う? う〜ん、ちょっと無理があるかなぁ。早生まれの人は、我慢強くなる結果、負けず嫌いの性格が強くなるのかなぁ。それで、「無理かな?」と思っても強引に飛び込んでしまうとか。
余談ですが、早生まれの話をするときには、その早生まれを嫌って、3月に生まれても4月2日以降の日付で登録する人が多いのではないかなと思ったのですが、ネットなどを見る限りでは、今はそういうの、難しいみたいですね。
昔、『ペットセメタリー』という恐い映画をたまたまテレビの深夜番組で見てしまい、夜中にガクガクブルブルした覚えがございます。セメタリーというのは、教会に属さない共同墓地という意味。今日は、キリスト教の動物の扱いに関するお話でございます。
ちょっと前のニュースで、スイスでは、生きたままのロブスターを熱湯に放り込むのは残酷だとして、「ロブスターは気絶させてから熱湯の中に入れるべし」という法律が可決したそうでござございます。いかにも、キリスト教らしい法律でございます。
気絶させていても、放り込んだときに目を覚ますだろうとは思いますし、そもそも、食べてしまうことは残酷では無いのかと思ったりするのですけど、そこはキリスト教、食べる物は神様の恵み、神の許しが有るかどうかが重要なのでございます。まぁ、ロブスターを気絶させるっての、免罪符なんでしょうね。
日本の「いただきます」は、調理した人への感謝、そして、その食べ物のために命を捧げた動物への感謝とも言われております。動物への感謝というのは近年の後付け理由かも知れませんが、それに関わらず、日本には食材となる動物を「供養」する慰霊碑が古代から多いのでございます。
これは、全てのものに神様が宿るという考えから、人間と動物とを同一に考える宗教的思想から来るのでしょうね。キリスト教も食事の前にお祈りをしますが、あれは動物への感謝ではなく、神様への感謝でございます。キリスト教では「人間と動物は一線を画するもの」という「人間中心主義」の立場を取るのでございます。
冒頭で「セメタリー」という語が出てきましたが、教会に属す墓地には「churchyard」という別の単語があるようでございます。この区別をはっきり付けているのは、動物は教会の墓地には埋葬出来ないから。必然的に、キリスト教徒とペットが同じ墓地に埋葬されるというのは不可能なのでございます。そもそも、ペットのためにお墓を作るというのは、かなり日本的な行いの様でございます。
日本では、人間とペットが同じお墓に入るというのは、かなり自由なようですね。そして、前述しましたが、食材となってしまった動物までをも慰霊するというのも、かなり日本的。海外ではほとんど例が無いと思います。この人間中心主義のキリスト教と、人間と動物とを「同じ命」と考える日本的な考えとの差は、時として、海外との軋轢(あつれき)になったりするのでございます。
捕鯨問題・イルカ漁問題も「残酷な殺し方」ばかりが注目を浴びてしまい、日本人の鯨やイルカの「命への想い」は全く海外には伝えられていないのでございます。と言いますか、日本人がいかにそれを説いても、海外では全く理解されないはず。理解する下地が、海外には全く無いのでございます。
松屋さんの新メニュー「チーズタッカルビ」が出たというので、早速、食べてまいりました。う~ん、なんか「これじゃない感」がございます。とろけるチーズが鶏もも肉の上に乗っておりますが、最近の流行(はやり)を考えますと、チーズは鍋の中の大海であり、肉はその大海を臨む大陸であって欲しいと思うのですが。
まず、お客様に謝らなければいけないのですが、2月の蛯原みなみの出勤がかなり少なめとなっております。お休みを利用して、いろいろな事にチャレンジ・体験したいという本人の要望を受けまして、このようなスケジュールになっております。蛯原みなみファンの方々、出勤日にご注意下さいませ。
コンパニオンには出来るだけ予定通りに出勤してもらうようにお願いしておりますが、どうしても不測の事態で変更が出ることもございます。変更が入りましたら、オフィシャルサイト、メールマガジンで小まめに更新・アナウンスさせていただきます。
ちなみに、オフィシャルサイトの出勤状況は、10日分までしか見えませんが、スマートフォン用の「ヘブンネット」は1ヶ月先の出勤予定まで見ることが出来るようになっております。まぁ、元々、そういう仕様で、ワタクシが頑張ってるわけじゃないのですけどね。ちょっと先の出勤予定を知りたい方は、スマホ版のヘブンネットでご覧下さい。
ちょいと、風邪をひいちゃったかなぁ。従業員も順番に風邪を引いておりますし、うちの様なお店は、誰かが風邪引くと、蔓延しちゃうんですよね。まぁ、でも面白いのは、ちゃんと時間差が出来て順番に引いていくということ。「風邪は、治りかけの時期が一番移しやすい」というのも、信憑性を感じるのでございます。
電話応対とか、声をよく使うお仕事ですので、鼻がつまっているというのは実に困る。何とかして、この鼻づまりを治そうと、いろいろ試すわけでございます。花粉症の時期にも使いますが、ワタクシが使うのは「ハナノア」というお薬。塩水みたいなお薬を、鼻の穴の中に入れる道具でございます。
これを買う前は、コップに塩水を入れまして、鼻の穴から吸い込んでおりました。しかし、これが、ちょっと勇気がいる。そして、意外と危険(笑)。勢い余って、変なところに入り、せき込んじゃったりいたします。真似するときは自己責任で。
鼻の穴に蜂蜜を入れるという民間療法を試したこともございます。これがですね、最初の1回は、効果絶大。「なんだ、こんな良い方法があったのか!」と喜んだのですが、なぜか2回目以降、あまり効果が無い。最初のは、たまたまだったのかもしれません。
さて、究極の荒技! 鼻づまりにイライラして、鼻に無理矢理空気を通したことがございます。浮き輪とかオモチャのゴムボートを膨らますときに使う「空気入れ」有るでしょ。黄色のジャバラで青と赤の弁が付いてるやつ。あれのホースを鼻の穴に突っ込んで、空気を入れてみたり、あるいは吸ってみたり(チョイト空気入れが汚くなる、笑)。
これはですねぇ、耳の鼓膜がビードロの様にペコンペコン言いまして、「これはその内、耳を壊してしまう」と恐くなり、やめた覚えがございます。まぁ、それくらい、イライラしていたということでございますね。鼻の穴の片方だけでも通っていれば良いのですが、両方詰まっていると、不愉快感ハンパないのでございます。
吉野家の「白カレー」を食べてみました。一見、クリームシチューをご飯にかけたようなおもむき。スパイスの粒でしょうか、白いルーに黒い粒々が見えるのでございます。まぁ、取りあえず、美味しい。美味しいけど、ひとつ言えることがございます。
でございますね。舌先は確実にカレーの味を感じ取っているのでございますが、先に白い色を見ておりますので、脳みそがクリームシチューのモードになっているのでしょう、どうしても甘く感じてしまうのでございます。
食べ物のお話の次は、ライトのお話。お店の照明用に、LED照明をいろいろ物色しております。今まで白熱電球や蛍光灯を使っていたところを、LEDに交換して行こうと思っております。薄型の物があるとか、発熱が少ないとか、白熱電球に比べるとバラエティ豊富なのでございます。
ただねぇ、各メーカー、競争が激しいのでしょうね。少しでも付加価値を付けようと、余分な機能を付けてしまう。先日も薄型のLED照明を試しに購入したのですが、「非接触スイッチ」なるものが付いている。手をかざしただけでオン・オフが出来るのでございます。
いやぁ、「手が濡れてるときとか便利!」と思うでしょ。でもね、実際に使ってみると、近づいた物に何でも反応してしまうので、思わぬ時に消えてしまったりして、結構面倒くさい。薄型ですから、狭い場所に設置されることが多いと思うのですが、他の購入者、困ってないのでしょうか?
そこで、薫さん、考えました。センサーをテープで殺してしまおう。センサー部分にアルミテープを貼りまして、センサーの目つぶしをいたしました。オン・オフはコンセントの抜き差しで行うという寸法でございます。さぁ、試してみました。
ウ~ン、なんでこういう設計にするのでしょうねぇ。そのLED照明器具の内部回路、「起動時は常にオフ」という設定になっております。つまり、コンセント挿しても、ずっと消えたまま。これね、「起動時は常にオン」という設定だったら、センサーを殺してコンセントの抜き差しでオン・オフ出来たのでございます。なんでかなぁ...
また、別の照明器具のお話。以前、音センサーでオン・オフ出来るLEDランタンというのを購入いたしました。「声でオン・オフ出来るとか、近未来の世界だ!」とか思われますよね? でも、これもねぇ、使えなかった。
外人力士が優勝した時って、母国では家族が必ず観戦しているものでございます。いつも思うのですが、優勝インタビューの時に、「母国のお母さんに、お国の言葉でひと言お願いします」ってやれないのでしょうか? あるいは、これも、相撲協会に何かしらの規則があるのでしょうか?(笑)
「親方になるには、日本国籍が必要」という規則がございます。これは、初の外人力士の優勝、高見山が優勝したときに出来た規則でございます。外国籍の力士が親方になる可能性が出てきて、慌てて設定した規則でございますね。
当時は、外人力士というのはセンセーショナルでしたので、相撲協会も扱いに困ったのかもしれません。また、「相撲=国技」というイメージが強かった時代ですので、当時の人達はあまり違和感を感じなかったというのもございましょう。
これがね、面倒くさいのは、特に「相撲=国技」と定められてないからでございます。外人力士がこれだけ増えちゃうと、「国技って何なの?」というお話にもなってまいります。野球はアメリカの国技ですが、選手の国籍に制限を設けておりません。まぁ、あの人種のるつぼ(今はサラダボウルって言うらしい)の国で、外人枠とか作りようがないでしょ。
国技かどうかは「それを誇りに思うかどうか」という人々の「心の中」にあるのですが、日本は単一民族の悲しさでしょうか、どうしても「国籍」に拘ってしまう。国籍を日本国籍に変えることで、大相撲への忠義を証明させるという考え方、中世の武士の世界のようでございます。
ワタクシの考え方を分かりやすくまとめましょう。「その競技を自分たちの先祖が大事に育み文化として守ってきたという自負」、それが「国技」だと思っております。そして、時代の変化とともに改良を加えることも必要。改良を加えたところで、その文化の蓄積が無くなるわけではないのでございます。
兆しが有ったのが木曜日。咳も出るし、微熱もあるし、風邪引いたかなぁって感じでございました。ここで薫さん、風邪のウイルスを舐めてました。完全に甘く見ておりました。症状が金曜日・土曜日と少しずつ重くなり、本日、日曜日に最高調! 熱が37.9度まで上がったのでございます。
深夜3時半、診療所までは歩いて10分足らずの距離。歩こうと思えば歩けますが、体がこんな状態、出来ればタクシーを拾いたい。歩きながらタクシーを見つけようとしますが、全く来ない。仕方ないので、フラフラしながら診療所まで歩いちゃいました。
混んでいるかなぁと思いましたが、ワタクシの前に1人、来ていらっしゃるだけでございました。それで、病院でのニューハーフあるあるを久しぶりに体験。受付の人に、「今、妊娠してませんか?」と聞かれたのでございます。
ワタクシ、「男なんです、そういうお仕事なんです、ややこしくてすいません」と返事。受付の男性の方、目をパチクリ、ワタクシの顔と保険証とに何度か目を巡らせ、やっと了解した模様。いやぁ、ワタクシとしてはチョイト懐かしい感覚。
最近は、行きつけの病院を決めておりますので、病院で性別欄で驚かれるという体験は長らくしておりませんでした。でもね、ボサボサ頭でスッピン、落ち武者の様な姿のワタクシを、とりあえず女性と判断してくれたのは、まぁ嬉しかったかな。ただ、ワタクシの年齢で「妊娠」を聞くか? と思いましたが、これも規則なのでしょう。
診察で、「インフルエンザの検査をするか、悩ましいところだなぁ」と先生が申しますので、ワタクシ、その先生のお言葉に被せるように「お願いします」の即答。鼻の穴に棒を突っ込まれてコチョコチョされてまいりました。
佐藤琢磨さんの運転で思ったのは、ハンドルさばきもアクセルも、自信を持って思いっきり操作していること。「ここまでは大丈夫」「これ以上やると滑る」という限界点を熟知しているから出来る操作。一般の人はわざとスピンさせるとかやりませんから、その限界点も分からず、全ての操作が控えめになってしまうのでしょう。
先日の大雪の日、街中で多くの車が立ち往生する羽目に陥ったのでございます。ワタクシなんかは「何でそんな日に、わざわざ車で出かけるかなぁ」と呆れておりましたが、あれも、自車の装備の「限界点」が分かっていないために、見切り発車的に車で出ちゃうのでしょうねぇ。
「備え」というのは、常にその「限界点」が分かっているかどうかが重要なのでございます。「何ミリ以上の雨で道に水が溢れ出すか」とか、「鉄道がどのくらい遅れると、駅が人で飽和してしまうか」とか、限界点が分かっていれば、その限界の前に手を打つことが出来るのでございます。
本日のニュースより、あの福島第一原発は、すでに2002年に、津波を想定したシミュレーションを要請されていたそうでございます。2011年の大震災の9年も前でございます。たとえ強引にでもそのシミュレーションがされていたらと思うと、全く不運としか申せません。
その結果、あの原発は津波に対する「限界点」が露(あら)わにされることもなく、2011年を迎えてしまったのでございます。低い限界点は、時として「欠点」と同義となってしまいます。どんな物にも欠点はございます。重要なのは、その欠点が「露わになっているか、隠そうとされているか」なのでございます。
低い限界点は「欠点」と称されてしまいますので、人はよくそれを隠したがったり、あえて見ないようにしたりするものでございます。欠点は欠点なりに限界点まで使って有効利用するべきなのですが、その限界点が分からないと、人は自分の「長所」に頼るようになるのでございます。
すると、欠点を放置したまま、長所だけで強引に事を運ぼうとする。欠点は何の対処もされず残っておりますから、その強引さが「悪目立ち」になったり、あるいは「傲慢」と感じられるかもしれない。ある程度うまく行っても、欠点が露呈したときに、(原発の様に)今までの努力が水泡に帰することもある。
ロールプレイングゲームをやると、各キャラクターごとに細かい設定がございますよね。攻撃力の強いキャラ、防護向けのキャラ、治療に特化したキャラとか。人の限界点もあれと同じ。キャラごとに、高い限界点と低い限界点がそれぞれ有って、それが各キャラの「個性」となっている。
スペースインベーダーというアーケードゲームをご存じでしょうか? 何十匹ものインベーダーが画面の上部から隊列を組んで降りてきて、それを下からミサイルでピュンピュン撃ち落とすゲームでございます。80年前後に大ヒットしたゲームで、喫茶店には必ずといっていいほど置いてございました。
当時、ワタクシは中学生。あぁ、やりました、やりました。夢中になってやりました。ただ、まだ家庭用ゲーム機なんて無い時代の話。駄菓子屋などには50円機、10円機などもありましたが、本格的なテーブル筐体のものは1ゲーム100円。100円で少しでも長く遊ぶために、そりゃみんな、技術の習得に励んだものでございました(笑)。
そこで、まだネットも無かった時代に、ある悪知恵が光の速さで全国の悪ガキを巡ったのでございます。それは、電子ライターを分解して火花を飛ばす部品を取り出し、テーブルゲームのコインを投入する部分の金属にカチッと火花を飛ばす。すると、内部の回路が誤作動して、お金を入れずに遊べるという、まぁ、今、思い出すと犯罪ですね。いやぁ、反省、反省。
で、ワタクシたち悪ガキ連中も、試しましたよ。要するに、静電気が誤作動を引き起こすのでございます。カチッとやると、コイン投入枚数の数字がランダムに変わるのでございます。ある時など、カチッとやったらその数字が「99」とかになりまして、悪ガキ数人でワイワイ大騒ぎしながらやり倒したこともございます。いや、ほんと、ゴメンナサイ。
これはすぐに問題になりまして、メーカーも対策を打ちました。回路の数カ所に、1個数円のコンデンサーという部品を取り付けるだけ。それでこの悪知恵は使えなくなるのでございます。今では、ノイズ対策にこの部品(バイパスコンデンサ)を取り付けるのは当たり前なのですが、当時はまだノイズ対策が甘かったのでしょうねぇ。
さて、今日は何のお話がしたいかと申しますと、最近話題の「仮想通貨」でございます。ワタクシ、あの仮想通貨なるものに自分のお金を預けられるという人が大勢いらっしゃる事実が、信じられないのでございます。みなさん、恐くないのでしょうか?
まず、国際的なルールが、有るの? 無いの? あまり詳しくないので断定的な言い方はやめますが、ひとつの組織が責任を持って管理しているという感じではない。すると、破綻したときの保証はどうなる? そんなものに、ほぼ全財産を投入したという人もいるらしいとは、摩訶不思議。
現金取引、または、その現金をベースにした仕組みで作られているクレジットカード・プリペイドカードというものは、仕組みがはっきりしております。出るお金と入るお金が、必ず釣り合っていて、現金の総量は変わらない仕組みになっております。
でもね、仮想通貨ってものは、先ほどの悪知恵ではないですが、「カチッとやったらどこからともなく口座の中に大金が湧いてくる」ということが起こり得るわけでしょ。これは、恐くありませんか? そういう事が出来ない仕組みになっているのでしょうが、人間の考えた仕組みなんてものは、必ず人間に破られるものでございます。
また、ビットコインには独特の仕組みが有って、膨大な台帳記入作業を、一般人の一般のコンピュータに手助けしてもらうシステムがございます。その作業を手伝った人には、お礼としてビットコインが支給されるのでございます。
この手数料、誰が負担するのでしょうか? 実は、誰も負担しません。この手数料は、新たにビットコインが新規発行されて支払われるのでございます。ここで、「エッ?」と思いません。お金を勝手に発行しちゃ、いかんやん。それ、度を越すと、インフレになるで。この、新規発行するというシステムに、ワタクシは不安しか感じないのでございます。
で、今回、580億円という金額が、たった5分で抜き取られるという大事件。イタリアの黄金の7人、アメリカのオーシャンズ11もビックリでございます。この管理会社、ネットを甘く見すぎておりましたね。他の世界中の同業者にも、いい薬になったことでございましょう。
月刊『City Heaven』という雑誌がございます。当店も広告を掲載しております。まぁ、お馴染みですよね。その『City Heaven』の発売日がちょうど今ごろ。毎月末でございまして、その発売日とぼほ同時期に、次号分の広告原稿の〆切がやって来るのでございます。
当店のCity Heavenの広告は、ワタクシが完全に作り込んでおります。そして広告代理店へ入稿。「2月末の広告を1ヶ月も前に入稿するの?」と思われるでしょうが、紙媒体の月刊誌ですと、だいたいそれくらい前に〆切を切られるのでございます。
ワタクシが入稿した後に、広告代理店のチェックが入り、出版社のチェック、色校(色をチェックするための試し刷り)などがありまして、めでたく1ヶ月後には、店頭に並ぶわけでございます。こういったタイムラグがあることも有って、今や情報収集源は、どんどん紙からネットへとシフトしているのでございます。
ネットにウェイトが置かれるに従い、やはり、ワタクシもネットの方に力を入れますよね。すると、紙媒体の方はどうしても手抜き、いや間違えた、手が足らなくなるのでございます(同じかな? 笑)。そんなこんなで、月刊誌『City Heaven』の広告は、長らく同じデザインを使い回し、いや、もとい、固執することになっておりました(冷や汗) (^^;)。
ちょうど今発売されている『City Heaven』に掲載されている広告が、これでございます。ほぼ同じレイアウトで、メンバーの写真を多少入れ替え、背景画像を変えるのみの変更で毎月使っておりました。まぁ、継続は力なりで、これはこれでお客様に愛着を頂いてはいたのですけどね。
ほら、大胆に変わったでしょ。エッ?「ただ並び替えただけじゃないか?」って? でも、限られたスペース内で再レイアウトって大変なんですよ。細かい文字は画像からは読めないと思います。それは、『City Heaven』の来月号でご覧下さい。
かつて、まだ紙媒体が主流だった頃、新聞・雑誌などにかなり広告を出してましたねぇ。スポーツ新聞2紙、風俗新聞1紙、月刊City Heaven、隔月刊ニューハーフ専門誌が3誌、あと、何かあったかもしれないけど、忘れちゃった。
これらの広告のほとんどを、データ入稿でワタクシが作製しておりました。で、どこか一徹の薫さん、同じ広告を2回使わないなんていう変なポリシーを持っちゃいまして、毎回違う広告作製にチャレンジしてました。まぁ、若かったから出来たのでしょうね。
ですので、17年分の膨大な量の広告がありますので、展覧会でも個展でも開けそうでございます(笑)。では最後に、とっておきの広告をお見せしましょうか。当店のオープン前に出したパイロット広告でございます。ほぼ17年前、2000年の冬に、ニューハーフ専門誌『シーメール白書』『ニューハーフ倶楽部』(現在はともに休刊)に出したモノクロの広告でございます。