追記

薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2022-01-08 【政治家もマスコミも、勇気を持って楽観的になれ!】

あぁ、腹立たしい! コロナへの対応。政府もマスコミも大騒ぎしすぎ。新年会や成人式の直前にまん延防止ナントカって、多くの商店や業者がまたまた振り回される! そしてまた、なぜか「お酒」が何の根拠もなく悪者扱いされる。

あのね、確かに新規感染者数は急速に増えてますよ。しかし、「死亡者数」にはどの政治家もマスコミもあまり言及しない。あ~、またまた、日本中が思考停止している、嘆かわしい。今、新規感染者は毎日2,200人のペースで増えている。しかし、死亡者数は毎日たったの1人のペース。この低死亡者数のペースが、ここ1か月間ほど続いている。

単純に死亡率を計算すると、0.05%。2,000人に1人の割合。「風邪をこじらせた」「インフルをこじらせた」って類でも、もう少し多く亡くなられているはず。「重症化しない」「肺炎を併発しない」という報告も世界各地から出ております。ワタクシ、せん越ながら、提言させていただきます!

日本の政治家もマスコミも、今回だけは、もっと楽観的になれ!

ということ。いつも、いつも、いつも、いつも、政治家もマスコミも「最悪の事態」ばかりを想定している。今まではそう対応するしか無かった、そしてその対応が当たった時期もございましたよ。しかし、今回は、楽観的になりましょう。少なくとも、死亡者数が非常に少ないこの時期は!

英国は「コロナとの共存」の立場を取り、日本以上に感染者数は増加しておりますが行動制限は行っておりません。日本でも、「死亡者数の少なさ」を口にする専門家は何人もおります。しかし、それが、マスコミなどで大きな議論には発展していかない。「本当にそれでいいのか?」と検証する事、それがマスコミのお仕事じゃないのですか?

このオミクロン株、風邪の症状と非常に似ているとの事。ということは、市販の風邪薬を飲んで寝ていればよろしいのでは?「感染者は市販の風邪薬を飲んで、家で寝ていろ、病院へは行くな」というスタンスを推奨いたします。今、想定される心配は、ベッドが足りなくなることではなく、医療従事者が感染して職場から一定期間離れなければならない人が増えている事。ベッドではなく、人手不足から崩壊する可能性も有るということ。

政治家もマスコミも、どうか、勇気を持って頂きたい。現状の「最悪を想定して膾(なます)を吹きまくって石橋を叩きすぎて結局渡らない」という「余分な事を言って後から詰め腹を切らされないための事なかれ主義」に、一石投じて頂きたい! 予想や対応が外れた時に、何もやらなかった周りが責めすぎなんですよ。だから皆が、事なかれ主義に走る。この日本中が感染している「事なかれに走るメカニズム」こそ、今の日本の大きな足かせ・手かせになっているのでございます。ということで、では、では。


2022-01-01 【真の気遣いはスルーする事】

新年、あけましておめでとうございます。

昨年はいろいろございまして、ただ今ワタクシ、以前のお仕事からは完全に身を引いております。一年前のお正月には、今の自分の境遇は、全く想像出来ませんでしたねぇ。まぁ、近況報告は、そのうちボチボチやらせて頂くといたしまして、新年早々ワタクシがぶちかましたいのは、紅白歌合戦のロゴでございます!

今年の紅白歌合戦は、「カラフル」がテーマだということ。「みんな違ってみんないい」という「多様性」「(性的)少数者」にフォーカスを当てたテーマだということは、安易に想像出来るのでございます。司会者も今年は、紅組・白組に分けないというのもそういう事でございましょう。

でね、その紅白歌合戦のロゴマークがこれ!

「少数者」を考慮して、赤と白のまん中をグラデーションにしたとのこと。ア~、バカバカしい。このデザインは多様性でも何でも無い。女は「赤」、男は「白」、その間の人は「ピンク」という固定観念。相変わらず「男と女」に縛られてるのでございます。野坂昭如の「黒の舟歌」かよ(笑)。

そこでワタクシ考えた! 「カラフル」ってのがテーマなら、ロゴマークもこんな感じでしょ!

かろうじて、左上と右下にオリジナルの紅と白を残しております。そして、純白や漆黒、グレーといった色彩の無い色もちゃ~んと含ませておりますよ。そういうのも含めて、「カラフル」なのでございます。

NHKは紅白歌合戦を「男と女」で分ける事に、以前から疑問を呈しているそうでございます。た~だ、長年親しんでいるこの分け方を支持する視聴者も多く、変えあぐねているとのこと。「伝統」を断ち切るというのは、勇気がいりますよね。まぁしかし、今年の紅白歌合戦を見ていたら、男女分けでは無くなるのは、時間の問題の様に思えましたね。

このロゴマークに関連して気になったのが、数日前の朝日新聞デジタルの記事。トランスジェンダーのシンガーソングライター「中村中(なかむら あたる)」さんが2007年に初めて紅白歌合戦に出た時のことを語った記事でございます。

中村中さん、「女性」として紅組から出演することになったのですが、なんと、衣装を見てビックリ! 赤い衣装の一部に白が入っているデザイン。別にどちらの組でもいいと思っていた中村中さん、その衣装のデザインに、舞台上で「早く終わって欲しい」としか思わなかったそうでございます。

あえて「赤と白の中間」であることを誇張する事に、何の意味があるのでしょう?! 本当の気遣い、本当のまごころは、「スルーすること」でございます。特別扱いする事なく、他の人と同じ様に普通に接する事、興味本位で特別な質問を投げかけない事ですよ。同情もうざい! 同乗するくらいなら無視して欲しい、といったところでしょうか。

今回の紅白歌合戦のロゴを見るに、近年、出演者・演目・演出は斬新になって来ておりますが、男と女のこだわりに関しては、中村中さんが出演した2007年から何ら進化は無いということでございますね。組み分けは、くじ引きでも、東西戦でも、いくらでもやりようが有るはずなのですけどねぇ。今年の年末には、新たな変化が有るかもしれませんね。ということで、紅白歌合戦のロゴの隅をほじくらせていただきました。では、では。


2021-12-24 【こんな日にひとりでいる人こそ、読んで欲しい】

クリスマスでございますね。

先日、マツコデラックスの番組で、クリスマスグッズ収集家の方がこんな発言を!

いつから「楽しい」を押しつけるイベントになってしまったのか?

先日見た『3人のゴースト』という映画では、終盤の盛り上がりでこんなセリフが!

クリスマスってのは、誰もが皆、善人になる日なんだ!

本来クリスマスは、「喜びを“共有”する日」なのですよね。人が他人に対して優しくなれる日。寂しい人がいたら、それを知った人達が全力で寄り添おうとする日。そう、慈愛、それがクリスマスの精神なのでしょう。

クリスマスにひとりぼっちでいることが、まるで悪いことをしているかのごとく言われた時代もございました。自分の中の慈愛に気がつき、その慈愛を他人に対して施そうとする日、それがクリスマスなのでございます。自分以外の誰かと一緒に居る必要がどこにございましょう? むしろ、自分と向き合うのには、ひとりの方が好都合ではございませんか?

クリスマスにひとりぼっちだという方、どうか引け目を感じなさるな! クリスマスは誰かから「楽しい」を貰う日ではないのでございます。「楽しい」を誰かに差し上げる日なのでございます。知っている誰かでもいい、見ず知らずの他人でもいい。

大きな「楽しい」である必要はございません。いつもならカチンと来るようなことでも、クリスマスだから笑顔になろう、そんなたわいないことでも構いません。人が普段よりほんの少し優しくなれる日、それがクリスマスなのですから。堂々と、ひとりぼっちのクリスマスを自身の喜びに結びつけて下さいませ。

それでは、メリークリスマス。


2021-12-12 【話題の金曜日回、妥協の産物だったのかも】

またまた朝ドラの話題で恐縮でございます。非常に緻密な演出をされていて見応えのある現在放送中の『カムカムエヴリバディ』でございますが、先週の金曜日の放送に、ワタクシ、プリプリッ!でございました。まぁ、こっぴどく叩こうとも思ったのですが、このネタ、二日ほど寝かしまして、少し溜飲が下がった所で書き下ろしております。

ごくごく簡単に、金曜日放送分のあらましをご説明いたしましょう。舞台は進駐軍占領下の日本。ヒロインの日本人女性は、ラジオの英会話番組で英語を覚えただけ。もう一人の登場人物の米兵は、大学の日本語クラスで日本語を勉強。お互いに異国の言葉をおずおずと話しながら理解を深めていくという場面でございます。ワタクシがどうしてプリプリしたかと申しますと、両者のそれぞれ話す異国語が、あまりにも流ちょうで不自然だったからでございます。

さて、チョイト脱線いたしますが、「言葉」というものには、その「術(すべ、技術)」と「情(じょう、感情)」の二つの要素がございます。日常会話では、この両要素を巧みに織り交ぜながら表現をしております。例えば、アナウンサーの話し口なんてのは、「術」に振り切った表現でございますし、赤ちゃんがかろうじて話す言葉は、「情」のみの言葉だったりいたします。

余談の余談ですが、この二つの要素は言葉だけに留まらず、音楽や美術など、あらゆる「表現」と名が付くものには関わっている要素でございますが、まぁそれは置いといて。で、役者なども演技をする際、この二つの要素の配分比率を考えるわけでございます。どんなに激高していても、情に振り切ってしまうと演技が成立しなくなったりする。微妙に二つを織り交ぜているわけでございます。

では、お話を朝ドラに戻しましょう。異国語をおずおずと話すヒロインと米兵。この場合、台本上ではそれぞれ「異国語の“術”」が低いという設定でございます。術が低いと、人はどうやって相手に気持ちを伝えようとするか? そう、情なのでございます。しか~し、ここで新たな問題が! 人というもの、情が高じるとついつい母国語が出てしまうものでございます。と書きますと、これ、その展開が実に気になるワクワクする設定ではございませんか?

ところが、ところが、画面上の2人は、流ちょうに英語と日本語で会話を始めてしまう。ワタクシ、ワクワクした気持ちも醒め、(ドラマなのに)その決してドラマチックではない展開に、15分のドラマの中程で飽き始めてしまったのでございます。まぁそれが、冒頭で申し上げたワタクシのプリプリでございますね。怒っていてもしょうがない。ワタクシ、「どうしてこうなったか?」を推察してみたのでございます。

まず、大きな要因となったのは、米兵役の役者が本業ではないという事。NHKの体操番組に出演していた庭師さんでございます。その体操番組からはもう一人、体操のお兄さんだった人もサプライズ出演しておりますが、こちらは端役なので影響なし。けれど、けれど、この米兵役は重要な役どころ。NHKは「たどたどしい日本語だから、演技の技術はいらないだろう」と安易に起用したのでしょうね。先ほどの術と情の関係を考えれば、術が無ければなおさら情で演じられる役者が必要なのですけどねぇ。あ~あ、分かってないなぁ。

もうひとつの要因としては、このサプライズ出演の庭師さん、実はスウェーデン人なのでございます。日本語は流ちょうですが、逆に英語が訛(なま)っているはず(多分)。イギリス英語とアメリカ英語の違いでも取り沙汰される昨今のドラマ(『マッサン』とか)、この米兵にペラペラと英語を話させるよりは日本語で会話をさせた方が「安全」、とスタッフは考えたかもしれませんよね。

そのスタッフの中でも重要な要因となるのが「演出家」。朝ドラの演出は、何人かの演出家が週単位で回り持ちしております。で、ワタクシが想像するに、この週を担当した演出家とNHKとの力関係。あまり強いことが言えない立場の演出家だったのではないかなぁ? というのも、この週に登場した戦争孤児役の子役が、ほとんど汚されてなくて違和感アリアリ。別の週で登場した別の戦争孤児は綺麗に汚されていて(笑)、演出家の拘りに感服したのですけどねぇ。子役の事務所か親御さんからの、「汚しNG」に従ってしまったのかなぁ。

結論として、NHKから「サプライズ出演」をねじ込まれて、演出家が割を食ったというところでしょうか? 取りあえず庭師さんには無難な演技をしてもらい、芸達者なヒロイン上白石萌音さんの演技でフォローしてもらおう、そんな「超安全策」を取った結果が、ワタクシがプリプリした金曜日の放送だったのかも知れませんね。まぁ、見ていて、分かりやすいと言えば分かりやすい内容でございました。先週・先々週の演出が超緻密だったので、ついついその落差を感じすぎたのかも知れませんね。

長くなってきたので、この辺で終わりましょうか。最後までおつき合い、ありがとうございます。上白石萌音さんは、実は歌の才能も目を見張るものが有るのですが、それはまた別の日のお話ということで。では、では。


2021-12-06 【合法的経歴詐称プログラム】

先日たまたま、リドリースコット監督の映画を立て続けに2本視聴したのでございます。『ブレードランナー』と『ブラックレイン』。ロサンゼルスの近未来と1989年の大坂の夜景が、ほぼほぼ同じ様なテイストで描かれておりました。どちらにも共通するのが、画面中に日本語(らしき文字)が散乱すること。アメリカにとって日本が「脅威」だった時代の映画たちでございます。

『ブレードランナー』には、「レプリカント」というアンドロイドが登場いたします。自分は人間だと思い込んでいたあるレプリカントが、自分の過去の記憶は「出荷時」に刷り込まれたものなのだと知ることから、この映画はスタートいたします。そして、ハリソンフォード演じる主人公は人間だったのか或いはレプリカントだったのかという謎は、制作後40年足らずが経過しておりますが、今なお語り継げられております。

さて、『ブレードランナー』を見てワタクシの中でリンクしちゃったのが、朝日新聞デジタルの以下の記事でございます。今は厚生労働省で働くある女性が、児童養護施設出身だということで修学や就職で苦労し、ずっと「小さなウソ」をつき続けて来たという記事でございます(有料記事なので参考までに)。


隠し続けた生い立ち 施設で育ち、厚労省職員になった女性が話す理由
(朝日新聞デジタルより)
https://digital.asahi.com/articles/ASPD345LSPCTUTFL00N.html

彼女と母親・妹・弟が父親から夜逃げしたのは、彼女が小学4年の時。父親の暴力が原因でございました。各地を転々とした後、都内の児童養護施設で生活するようになったそうでございます。バイトで自立資金を貯め、国立大学に入学。そして今は厚生労働省の職員をされているそうでございます。そんな彼女が一番苦労してきたこと、それは、「自分の過去」を語ったり書かなければならなかった時でございます。

友人同士の「どこ出身?」なんて気楽な会話でも、「施設」とは言えず小さなウソをつくことになる。ひとつウソをつくと、つじつま合わせでウソを重ねていくことになる。他人の信頼を裏切っているという背信感と、自分が何者か分からなくなるという孤独感にさいなまされることになる。施設を出た後は自立を強要されるので、仲の良かった施設の職員に気軽に相談するということも難しくなるそうでございます。

そして、就職活動の時に、「施設出身」というどうにも越えられない壁を彼女は実感することになるのでございますよね。生い立ちや緊急連絡先の「施設」という語に企業側は過剰に反応、怪訝(けげん)な顔をされる。面接で親の事を聞かれても即答が出来ず、面接官に叱責される。就活に行き詰まり、大学は休学、大学の寮を出てお部屋を借りようと思ったら、今度は、「親以外の保証人は認められない」と言われてしまう。

ただね、捨てる神あれば拾う神あり。「公務員になって、自身のその経験を活かしなさい」とアドバイスする人に巡り会うのでございます。彼女、公務員試験の勉強を始めます。「施設で育った人が不利益を受けないような制度を作りたい」というのが彼女の新しい目標になったのでございます。目標がこれですから、自分の生い立ちも思うままに話せる様になる。すると事態は180度好転。現在は厚生労働省に入って2年目になるそうでございます。

と、ここまでが新聞記事の概略。前置きが長くてゴメンチャイ。児童養護施設ってのは、別に悪いことをやって入れられた訳じゃなく、理由が有って親の庇護が受けられない子供たちが生活する施設ってだけの事。けれど、やはり世間の中には色眼鏡で見てしまう人たちも居るようでございます。世の中が理解を深めるというのが理想ではございますが、人の価値観を変えるというのはなかなかに時間がかかるものでございます。

そこでッ! ワタクシ、思考が『ブレードランナー』とリンクする訳でございます。レプリカントに虚像の記憶が刷り込まれたように、施設出身の彼女の様な人たちにも、「虚像の履歴」を作ってあげるのでございます。保険証や役所の書類なども作り込む。そしてこれを、法律的に整備してしまう。「そんな映画みたいな事が」と言われそうですが、これはアメリカの「証人保護プログラム」の様な物でございます。

アメリカでは、犯人からの報復を避けるため、裁判の「証人」となった人に全く別の名前・社会保障番号・パスポート・運転免許を与え、全く別の土地で生活をさせるという仕組みがございます。そこまで大がかりでなくてもいいので、せめて施設に居た間の「架空の履歴」を与えるということは出来ないでしょうかねぇ。履歴書に「ウソ」を書けば「偽造」になってしまう。しかし法律的な裏付けが有れば、それは「認められたウソ」ということになる。

実に「詭弁的」な処置となってしまいますが、「世の中の理解」が追いつかない今、その不理解に対する隙間を埋める「こじつけ」でもございます。まずは、不理解に苦しむ人たちの救済を最優先。その後、理解が追いついてくれればそんな制度は必要なくなる。こんな風に考える次第でございます。

まぁ、「保護プログラム」というのは、夫の暴力から逃げている人たちには用意して欲しいなぁ。今の日本の役所のやり方では、担当者の注意力に委ねている状態でございます。忙しい業務の中、暴力旦那が本気で職員を騙そうとしたらイチコロでございます。「新しい戸籍」を与えちゃえば、「役所の職員ですら分からない」という状態になりますからね。

というところで、長くなってきたので今日はこの辺で。最後までおつき合い、ありがとうございます。そして、インターバルの開いた更新を、お詫び申し上げます。


2021-11-13 【マイナスな報道が、人類を滅亡に追いやる】

ニュースから「ミヤギケントメシ」と聞こえてきたのでございます。「おや、朝ドラで一躍脚光を浴びた街で、どんなニュースが?」と思って見ますと、これまた胸くそ悪いニュースでございました。30代の引きこもり男性が刃物を持って保育園へ侵入しましたが、犠牲者が出る前に、男性保育士に取り押さえられるという事件が起きたのでございます。その犯人いわく「子供を2人殺せば死刑になれると思った」とのこと。

先日、京王線で似たような事件が有り、その直後、新幹線で模倣犯が発生。そしてこれでございますよ。かつては、小学校の児童が犠牲になったり、道路を清掃していたボランティアが轢き殺されたり、秋葉原のアイツとか。み~んな、自分ひとりで死ぬ勇気も無く(という逃げ口上でしょうけどね)、必ず、自分よりも「弱い者」を標的として、死刑という他力本願に頼ろうとする。野球に申告敬遠が有るように、こういった連中にも「申告死刑」なんてのを認めてやれば良いんじゃないですか、プン、プン!

これが自殺のニュースの場合は、その方法や手段を細かく報道するのは、今は全てのメディアが自主規制しております。その報道を見た人が、真似をするからでございますね。上述の死刑願望他力本願野郎達のニュースも、事細かい報道は自主規制すれば良いのにね。単純に「不審者がいました、取り押さえられました」でよろしいのでは? 「死刑になりたくてナンタラ」という報道をした途端、「あぁ、俺と同じヤツがいた」と同調・共感してしまうバカを生みだしてしまうのでございます。

交通事故のニュースなども、凄惨な事故の現場や荒っぽい事故寸前の映像などが、マスコミにもネットにも溢れかえっております。そんな荒っぽい運転の映像が報道される度に、「あぁ、俺以外にも荒っぽいヤツが大勢いるんだ、安心、安心」というある種の共感を一部の人に与えてはいないでしょうか? ここはひとつ、安全運転をしている映像、ルールをきちんと守っている人たちの映像を限りなく多く流して、「安全運転が“普通”なんだよ」というサブリミナル効果を世の中に与えるべきでございます。

ここ一世紀の間に人類は、新聞→ラジオ→テレビ→ネットと世の中の情報量とそのスピードを二桁倍・三桁倍に革新させております。衝撃的なニュースの方が数字が取れるのでしょうね。各メディアが、より購読して貰おう、より視聴して貰おうと競い合う中で、我々は常に、より悲惨・不法・不安といった物ばかりを見せつけられている! このマイナスのバイアスは、いずれ人類を滅亡させるかもしれない! そう、ワタクシは今、断言するのでございます!

これは表現の自由とか報道の自由との鬩(せめ)ぎ合いになってしまうのですが、この報道やマスコミの「マイナスバイアス」は、もうちょっと注目されるべきだと思うなぁ。情報の量や速度が極大になっている今、人類はその溢れかえる情報をコントロールする術を学ぶ事を突きつけられているのでございます。この術を学べないと、人類は自らが作り出した情報社会によって自滅していくのでは? そんな危惧もしてしまうのでございます。

まぁ、こんな風に考えると、コマーシャリズム(営利主義)の外にいるNHKとか公共広告機構ACジャパンとかだと実現可能だと思うのですけどねぇ。まぁ少なくとも、マイナスなニュースと同じ量のプラスのニュースも流して欲しいものでございます。では、では。


2021-11-10 【名古屋薫が偉そうに朝ドラを斬る!】

和菓子屋の娘「安子」は、朝一番の汽車で大阪に向かった。文通相手の大学生「稔」に会うためであった。昨晩、父親から政略結婚の見合いを強いられた安子は稔とは結ばれない運命を覚悟し、稔とのたった一日だけの思い出を作るために大坂へ向かったのである。

大坂で稔と再会した安子は、その内心とは裏腹に気丈夫に振る舞った。午後いっぱいを二人っきりで楽しく過ごし、夕方、稔は駅まで見送ったのである。安子の肩には稔のマントが掛けられていた。返そうとする安子に、稔は「そのまま着ていき」と声をかける。安子の顔には、複雑な迷いが微かに垣間見えたのである。


今日(11/10)放送の朝ドラ『カムカムエヴリバディ』の演出が、ネット上で大騒ぎになっております。この駅での別れのシーンの直後に主題歌が流れるという、朝ドラ初の斬新な演出。ドラマの最後に主題歌を持ってくるという演出はよく有るのですが、ドラマの残り2分を残しての主題歌は初めての様でございます。その最後の2分間に何が有ったかは、ネタバレになるのでモゴモゴモゴ。

演出家へのインタビューを読みますと、この演出、まさに編集のその作業中に思いついたとのこと。急ぎ、朝ドラのフォーマットとして許されるものかをNHKに打診。で、あの(ネットいわく)「短編映画の様な演出」になったそうでございます。思いついた演出家もすごい! それを許したNHKも、器が大きい! 今回の『カムカムエヴリバディ』は、スタッフ一同がノビノビと自由に作り込んでいる感じがして、清々しいのでございます。

主役の「上白石萌音(かみしらいし もね)」さん、器用な女優さんでございますよね。複数の感情が混じったような微妙な難しい表現をさらりとこなしております。また、他の役者さんのセリフにも細かく反応して、自分の台詞の無い時もきちんと演技をしております。ワタクシ、役者の真骨頂は、セリフの無い時の演技、そして、後ろを向いている時の背中の演技だと思っております。

こういった方が主役だと、スタッフはやりやすいでしょうねぇ。と、ここからが本題。今日は、「スタッフがやり難かっただろうなぁ」と感じられた朝ドラ、つまり「このドラマ、なんかグダグダ感が有るよね」ってタイトルを、ワタクシの独断と偏見で並べ倒すのでございます。まずは、ずらっと並べてみましょうか。参考までに、放送時のヒロインの年齢も添えておくのでございます。

放送年タイトルヒロイン備考
2015年まれ土屋太鳳(当時20) 
2016年べっぴんさん芳根京子(当時19) 
2017年わろてんか葵わかな(当時19)働改
2018年半分青い永野芽郁(当時19)働改
2019年なつぞら広瀬すず(当時21)働改
2019年スカーレット戸田恵梨香(当時31)働改、コロナ、本編ス
2020年エール二階堂ふみ(当時26)働改、週5話、コロナ、本編ス
2021年おかえりモネ清原果耶(19)働改、週5話
働改=働き方改革 本編ス=本編中にスピンオフ挿入

と、こんな感じでございます。ま~ずワタクシが言いたいのは、以前にも申し上げましたが、事務所のゴリ押しか何か分かりませんが、演技経験の浅い若い人を朝ドラに大抜擢するのはゴタゴタの最大の原因でございます。民放の軽いドラマと朝ドラは、主役に要求される仕事量が段違い。老け役も必要。序盤は良くても、中盤から終盤にかけてゴタゴタしてくるのでございます。『まれ』『べっぴんさん』『わろてんか』『半分、青い。』とか。

『なつぞら』は広瀬すずと清原果耶のゴリ押しで、スタッフがさんざん振り回された感じがいたします(あくまでも想像ですが)。『半分、青い。』『なつぞら』あたりは、撮影を進めながら同時進行で脚本が書き上がっていくという感じで、「とってつけたエピソード」が多かったものでございます。こんなところにも、事務所の横やりが入ったのでしょうかねぇ?

『スカーレット』はベテラン「戸田恵梨香」さんの好演でしたが、運悪く、コロナが始まった。後半は一人息子の死へ立ち向かう過激な闘病ドラマになるはずでしたが、コロナの死亡者も出始めてしまい、視聴者感情を考慮してか、ややゆるい闘病ドラマにするしか無かったと思えます。つじつまの合わないセリフなどもありましたし、後半は大幅にシナリオが書き換えられたのでしょう。不運のドラマでございました。

その『スカーレット』、相当に撮影現場が逼迫していたのでしょう。本編中にスピンオフ回を挿入するという奇策に出るのでございます。その逼迫感は次の作品にも現れてまして、それまで週6話だった朝ドラは、『エール』から週5話に放送回が削減。ただ、坪田政孝も二階堂ふみも経験豊かな器用な役者さん。コロナによるゴタゴタさえなければ、非常に出来の良い作品でございました。

さて、『おかえりモネ』。主役の清原果耶さんとは相性の良い脚本家によるオリジナルストーリーの当て書きで、主役の負担を最大限に軽くしての大抜擢。ただねぇ、やは~り、19才の彼女には荷が重かったかなぁ。NHKは、もう2~3年待って、彼女が役者として熟成してからの起用でも良かったのではないか、そう思ったドラマでございましたね。でも、脚本のテーマは素晴らしい! 考えさせられることが多かったドラマでございます。

その『おかえりモネ』の哲学的な重たいテーマの反動でしょうかねぇ? 現在放送中の『カムカムエヴリバディ』、いかにも朝ドラ、これぞ朝ドラ、という作りをしております。テンポ速く、あまずっぱいお話も有る。主役が3世代3交代ということで、現場の負担も本人の負担も少ない。働き方改革以降、やはり、朝ドラの撮影現場はいろいろ逼迫しているのでしょうね。今度はゴタゴタ無しでお願いしますよ。では。では。


2021-11-07 【距離を取る文化に救われている?】

ワタクシ、来年、還暦でございますよ。でね、母親を10年前に亡くしているわけですが、その母親が今の自分の年齢の時ってワタクシは何歳だったんだろうと思ったわけでございます。計算しますと、ワタクシが「ニューハーフになります!」って母親にカミングアウトした歳。今現在の自分を見直して、「あぁ、この年齢の時に、自分の息子に衝撃の告白をされたのかぁ」とまぁ、いろいろ思い出した日曜日の昼下がりでございます。


ちょっとコロナのお話を。日本での新規感染者の数が劇的に減少し続けております。これがね、欧米とは真逆になってる。欧米はここに来て、V字回復(たとえ悪いな、笑)の様に増加現象。日本と海外諸国、条件はそれほど変わらないはずだと思うのですけどねぇ。日本にも第6波が来るのか? あるいは、このまま終息に向かうのか?

ここで、ワタクシのほんと無責任な仮定をひとつ。今、世界中にまん延しているのはコロナの変異株でございます。で、この変異株、ひょっとしたら「空気感染はしない」のでは? という仮説でございます。変異株は感染力がやや低めという研究結果が出ております。この感染力の弱さは、空気感染の有無に依るのではないか? そしてそれが、日本人の生活習慣に有利に働いているのではないか? そういった仮説でございます。

もし変異株には空気感染能力が無いと仮定すれば、感染経路は「接触」に限られてくるわけでございます。そうしますと、日常的に「ハグ」「キス」といった習慣の無い日本人は、感染リスクが大きく下がるのでございます。握手も今やグータッチで済ますことが多い。そこへ持ってきて、世界的にも異例なほどのマスク着用率の高さ。この生活習慣や国民性の違いが、海外諸国との大きな違いを生みだしているのではないでしょうか?

そもそも、コロナ騒ぎの初頭から、日本だけは増加の割合が欧米に比べて非常に緩かったですよね。その件に関しては様々な仮説が飛び交いましたが、ハグやキスの習慣が、我々の想像以上に感染に影響していたのかもしれません。まぁ、あくまでも「仮説」ですので、もし外れたとしても、どうかお手柔らかに。では、では。


2021-10-31 【デジタル庁が日本を救う!】

さて、選挙も無事終わりましたね。集計作業が非常に早かったのが驚きでございました。そういったところに何かしらの合理的なシステムが導入されているのかもしれません。で、自民党の圧勝でしたね。10年前の民主党の悪夢を見てしまった国民は、政権交代には非常に警戒的になっているということでしょうか。

選挙前の公約で、やたら「一律に○万円支給する」という言葉が飛び交っておりました。中には、非現実的な金額を掲示していて、「その財源、どうすんだ?」と思える政党もございました。そんな「お金で釣ろう」と考えている政治家・政党ばかりなのが、とっても残念でございます。ワタクシが注目するのは、各政治家が「一律に」という語を何のためらいもなく使っていることでございます。

ワタクシ、かねてから、「一律でなければ、もっと有効にお金を支給出来る」と言い続けております。コロナで苦しい人も居れば、コロナで逆に潤っている人もいるのでございます。十把一絡げに一律で渡すというのは、悪平等以外の何物でもない。それでもなお、給付金の話になると必ず「一律」という語が使われる。ここに、日本の給付システムの闇がございます。

現状のシステムだと、「一律に渡す」しか方法がないのですよ。それは、戸籍・納税・保険・年金といった各種の名簿が完全にデジタル化されておらず、しかもそれぞれが紐付けされていないという縦割り状態。役所側でチェックをしようとすると、人海戦術で膨大な時間とコストがかかる。ということで、「一律に」ということになる。悪平等きわまりない支給方法ですが、「一律にせざるを得ない」という状況なのでございます。

さらに、持続化給付金では、本来なら膨大になるチェック時間を短縮するために、「ノーチェックで通す」という時代錯誤な性善説処理をやっちゃってる。結果、大量の給付金詐欺を発生させることになる。必要なところに必要な金額を給付するどころか、必要でないヤツラに無駄なお金を渡してしまうことになっている。もう、見てらんない。

この「一律」「ノーチェック」にせざるを得ない日本のシステムこそが諸悪の根源なのに、政治家の誰1人、そこを言及しない! マスコミもそこを突っつかない。核心的なことを誰も言わないので、国民がより政治に関心を向けようとしない。そこで、政治家はお金で吊ろうとする。あぁ、何という悪循環であろうか!

で、結論。今の日本で最大にリソースを注ぎ込まなければならない部所は、「デジタル庁」なのですよ。必要なところに必要なお金を給付する、このしごく当たり前のことをするためには、「戸籍・納税・保険・年金がデジタルで一元管理される」というのが必須。縦割り省庁を横に貫く構造大改革ですよ。それこそ、明治維新に匹敵するほどの大改革! この構造改革をやった上で、消費税はどうする? 給付金はどうする? という議論になるのでございます。

選挙期間中に、誰か、この旧態依然のシステムに関して言及して欲しかったなぁ。まずそこを変えなければ、日本の未来は無い! それには、個人情報の管理に関して国民の理解も必要。そして、その国民に「理解・納得させる」のは政治家の義務。お金で釣ったり、他を批判するだけの政治家は多いものの、引き込まれるような高い理念と説得力を持った政治家は、(今は)いませんねぇ。まぁ、取りあえず、投票はして来ましたけどね。では、では。


2021-10-22 【行くドラマ、来るドラマ】

今日はテレビドラマのお話。秋と言えばドラマの入れ替え時。新しく始まったドラマもあれば、もうそろそろ終わろうとしているドラマもございます。『科捜研』『相棒』『DoctorX』あたりは、もう鉄板でございますね。出演者陣のチームワークもよく、ベテラン芸人の熟(こな)れたコントを楽しんでいるような安心感がございます。

「江口のりこ」大抜擢の『SUPER RICH【金返せ!!】』が、これまた面白い。江口のりこさん、「演技ってのはこうやるんだよ!」と言わんばかりの振り切った怪演をしております。よくあるタレント・モデル上がりの俳優さんのこじんまりと整ったドラマが多い昨今、江口のりこさんの様なダイナミックレンジの広い演技は、小気味良いですよね。

その『SUPER RICH』ですが、脇役陣もいい感じでダイナミックレンジの広い演技をしております。まぁこれは、江口のりこさんの演技の幅の広さに、脇役も安心してその幅を広げているのでございましょう。大抜擢ゆえに、江口のりこさん、ちょっと気負いすぎているかなと思える部分もございますが、これも撮影が進むうちに熟れてくる可能性もございます。

『日本沈没-希望のひと-』の香川照之。Eテレの昆虫番組のかまきり先生にしか見えない(笑)。このドラマ、放送開始に前後して関東地方でリアル地震が発生しております。リアル地震では被災者が出ませんでしたが、もし、あの地震でいくらかの犠牲者が出ていたら、このドラマ、放送が出来なくなっていたかもしれませんよね。ドラマの関係者、肝を冷やしたでしょうねぇ。

あと、『真犯人フラグ』もとっても気になるドラマ。芳根京子さん、いい女優さんになりました。真犯人が全く分からないままドラマは進行して行きますが、1話の中の情報量が多く、見てる途中でウトウトなど出来ないドラマ。録画必須でございます。まだほんの少ししか登場していない奥さん役に、大物「宮沢りえ」を器用。このあたりが怪しいのでございますが、はてさて、だれが真犯人なのでしょう?

もうそろそろ終わるドラマと言えば、朝ドラ『おかえりモネ』。主役の「清原果耶」さんの演技は、まぁあまりダイナミックレンジが広いとは言い難い。それで、全体的にはこじんまりとまとまった起伏の緩やかなドラマとなっておりますが、その反面、内容は朝ドラらしからぬ超ヘビー。清原果耶、安達奈緒子(脚本)といったコンビを起用した時点で、NHKは覚悟を決めてこのドラマの制作に臨んだのでしょうね。それくらい、NHKは清原果耶に期待をかけているということでしょう。

ということで、最近、気になっているドラマをいくつかご紹介いたしました。一番気になるのは、江口のりこさんでしょうか。ワタクシ個人的には、こういったダイナミックレンジの広い役者さんがもっと脚光を浴びて欲しいとは思うのですけどねぇ。では、では。


追記