追記

薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2018-05-21 【ビビンバも、ワタクシはほとんど混ぜません】

松屋には「ご当地メニュー」がございまして、名古屋では「きしめん」がメニューに入っているのでございます。今日も、たまたま松屋に立ち寄りましたら、何やら見慣れないポスターが! 「冷やし肉玉きしめん食べるラー油つき」 こりゃぁ、据え膳食わぬはオカマの恥! いや、使い方違うかな? 取りあえず、入店! でございます。

冷やしきしめんに、牛皿の具と温泉卵、キムチを乗せて、食べるラー油を振り掛けたという感じ。ポスターには「よく混ぜてお召し上がり下さい」とあるが、ワタクシ、あえてこれを無視。ほとんど混ぜずに、実食! なのでございます。

いやぁ、混ぜた方が良かったかな、チョイト反省でございます。松屋には時々、こういった「全部乗せ」的なメニューが登場いたします。味の濃いもの薄いもの、柔らかいもの堅いもの、そういったものが統一感なしに盛られていることが多い。そのカオス感を受け入れる覚悟を持った者こそ、この全部乗せメニューを踏破できるのでございます。

ちょっと迂闊だったのは、食べるラー油が思いの外カリカリ感が強かったこと。口の中で、思いっきり主張する。しかも、きざみニンニクが使われている模様。その香りがさらに主張を強くする。若干粗めのカリカリ感が、ツルンとしたきしめんの肌と、相性が悪いのでございます。

カオス感の強い物を食べていると、やはりシンプルなものも口に入れたくなるのでございます。ライス単品、あるいは牛めしミニを追加したいところではございますが、そう、松屋のメニューには、あの揺るぎない伝統があるのでございます。みそ汁が付いてくるという伝統が。

汁物を注文して、ちょっとご飯系が食べたいなと思って追加すると、みそ汁が付いてきてしまう。汁物が重なるのでございます。この問題はしばしば起きまして、ワタクシも以前から指摘しております。しかし、これを「非合理」と叫ぶのはヤボ。この汁物地獄を受け入れてこその、松屋メニューなのでございます。

さて、松屋では、最近、もうひとつの発見があったのでございます。朝定食に「玉子かけご飯定食」が追加! これは嬉しい。そもそもワタクシが「定番朝定食」を好んで注文しているのは、生玉子が付いている最もシンプルなメニューだったからでございます。そして今、その定番朝定食から板海苔とお新香を省いた、玉子かけご飯に特化したメニューが生まれたのでございます。

玉子かけご飯も、ワタクシはあまり混ぜません。玉子と醤油を投入した後は、軽くサワサワサワと箸を入れるだけ。混ざりきって全体が同じになるデジタル的な味わいよりは、ご飯と玉子と醤油が折り重なり連続的に変化するアナログ的な味わい、そちらの方を好むのでございます。

玉子も、白身と黄身を分けて、別々に投入。これで丼内の要素はさらに一つ増えることになり、折り重なりのレイヤーはさらに複雑になるのでございます。箸を進める度、口に運ぶ度ごとに、味わいが連続的に変わっていく。この変化こそが、玉子かけご飯の醍醐味なのでございます。

ただ、最初の攪拌を控えめにしておりますので、丼の下層に至ると、どうしても素の白米が顔を出してくる。しかし、ワタクシの様な猛者はここで怯んだりいたしません。この素の白米をやっつける秘策が有るのでございます。

玉子かけご飯定食を選択した際の「選べる小鉢」の選択、これが秘策でございます。ここで「冷や奴以外」を選択しておくのがキモ。ワタクシのオススメは「とろろ」ですが、まぁ、納豆でも牛皿でもどうぞ。最後の素の白米にかけて、とろろご飯、納豆がけご飯、あるいはミニミニ牛めしとして味わうのでございます。

丼内に拡がる小宇宙、黄身や白身といった銀河が折り重なり、醤油というブラックホールが数々の銀河に絡みつく。そのブラックホールを抜けた先には、とろろや納豆が織りなす新時空が私を包み込む。丼、それは人類に残された最後のフロンティア。丼内の小宇宙に、みなさま方もワープして下さいませ。では、では。


2018-05-20 【DVDボックスが出たら、買ってしまうかも】

NHK総合の日曜深夜、「ピアノの森」というアニメが放送されております。もうね、4月の放送開始から、このアニメ番組に魅了されております。毎週日曜日の深夜が、待ち遠しくてしょうがないのでございます。

ピアニストの成長ドラマなのですが、そのピアノを弾くシーンの音に、まぁ手が込んでおります。登場人物それぞれに、別のピアニストをあてがうという念の入りよう。さらに、中国人キャラには中国人のピアニストを。劇中のポーランド人、フランス人にもそれぞれポーランド、フランスのピアニストを選定するという拘りよう。

主要キャラの小学生期には、オーディションで選ばれた小中学生のピアニストを起用しているとのこと。放送は今日の分から青年期に入っておりますが、青年期にはまた別のピアニストが用意されているのでしょう。聞き分けられる人ならば、キャラクターごとにピアノ演奏の曲想が違って聞こえるという何ともマニアックなアニメでございます。

さて、もうひとつ驚かされるのは、演奏している場面の手の動きと音が合っていること。押される鍵盤まで正確に再現されております。これは、ひと昔前のアニメでは、至難の業でございました。多分この部分は、楽譜か音声をAI (人工知能)で処理してコンピュータグラフィックスで書き出しているのかも。ここまで鮮やかにやられると、清々しいのでございます。

鍵盤と音が合っているアニメと言いますと、「トムとジェリー」がアカデミー賞を取った作品がございます。YouTube に上がっていますので、アドレスを記しておきましょう。


・トムとジェリー「ピアノコンサート」(1946年製作)

https://youtu.be/NW0PxVi1Qfw


1946年と言いますと、昭和21年。ちなみに、ディズニーが「白雪姫(1937)」「ピノキオ(1940)」「ダンボ(1941)」といった作品を出して軒並みヒットさせていた頃でございます。日本と戦争をやりながらアニメーションを作っていたとは、とんでもない国に戦争を吹っかけたものでございます。

「ピアノの森」での非常に高度に処理されたピアノの演奏シーンですが、ピアノを実際に弾くワタクシとしては、まだまだその演出には物足りない。何が物足りないかと申しますと、「息づかい」が感じられないのでございます。コンピュータ処理の「現状の」限界が、そこに有るように感じられます。

先日、NHKがガンダムを特集した番組を放送しておりました。そこに出演していた監督さんが、「アニメの動きには、自然に見える『勘所』が有る」というようなお話をしておりました。立ったり、座ったり、寝転んだり、そういった自然な動作を「自然以上に自然に」見せるための独特のタイミングなのでしょう。

「自然以上に自然に」と申しましたが、日本のアニメには、この「自然以上に自然」という感覚が有るのでございます。一種のデフォルメ(変形)でございますね。人の動きを物理の法則通りにコンピュータグラフィックスでアニメ化しても、なぜかあまり自然には見えません。遠近法を正確にコンピュータグラフィックスで描画しても、なぜか奥行きがあるだけの淋しい絵になってしまう。

色には、実際の色と記憶色とが違ってくるという現象がございます。多分、人の動きや情景の見え方にも、同様の事が起きているのでしょう。そんな、自然以上に自然に見せる「勘」を、日本のアニメ職人さん達は、長年、蓄積してきたのでしょうね。日本のアニメが、未だに「手書き」を重要視する理由がここに有るのかもしれません。

ただね、技術はどんどん進化しておりまして、「物理法則で描いたコンピュータグラフィックスに手書きの要素を加えるプログラム」なんてものが、今や当たり前になってきております。いやぁ、恐い、恐い。手書きにこだわったジブリの様な作品が、いつの日か、オートメーションで作られてしまうのでしょうかねぇ?

さてさて、「ピアノの森」の演奏風景の物足りなさ、ワタクシは分かっております。実は、音楽家の動きは、必ず、「放物線運動」や「振り子運動」をしてまして、それが表現されていないのでございます。人間がリズムを取る時って、無意識にこの自然の物理法則に沿って体を動かしちゃうのですよね。むしろ、等速運動でリズムを刻むという作業、これは人間にとって拷問でしかございません。

でも、こんな違和感も、今のコンピュータグラフィックスはすぐに克服しちゃうのでしょうね。今後、コンピュータグラフィックスと手書きの境界線が、ますます曖昧になっていく予感がいたします。では、では。


・NHK「ピアノの森」

https://www.nhk.or.jp/anime/piano/


2018-05-19 【流しという職業を知ってますか?】

西城秀樹さんのネタが続いちゃいますが、iTunes ストアで西城秀樹さんの曲を懐かしく物色しておりましたら、こんな名曲を失念していたことに気がついたのでございます。『勇気があれば』、1979年リリースのバラード系の曲でございます。ちょうど手元に楽譜がありますので、お見せしましょう。

今日のお話は、この『全音歌謡曲大全集』のお話。写真では、本の厚さを見せるために、ちょっと角度を付けて撮影しております。この大全集が、結構お高い。1冊7,000円前後。歌謡曲、演歌、J-POPなど、出来うるかぎりに幅広く網羅されており、5年に1度程度のペースで新刊が発刊されております。

さぁて、どうしてこの本はこんなにお高いのでしょう。収録曲の多さも関係しているでしょうが、それ以外に、この本の楽譜の品質が、かなり影響しております。イントロ・間奏・エンディングを完全に楽譜に起こし、オブリガードと呼ばれるサブメロディも小さく書き入れ、歌詞は漢字縦組の通常の歌詞だけでなく、楽譜の中にも1番から最終番まで書き込んであるというご丁寧さ。そして多分、この楽譜起こしは職人さんの手作業なのでございます。

「耳コピー」というやつですな。職人さんが発売直後のレコード(CD)を聞いて、楽譜に起こしていくわけでございます。そして、省略せず、イントロから間奏、エンディングまで完全コピーしてあるということは、楽譜が読めて演奏できる人なら、原曲を知らずにいきなり楽譜を見ても、ほぼ原曲に近い演奏なり伴奏が出来てしまうのでございます。

このチョイト高めの本、いったいどんな人が買うのか? カラオケ教室の先生や、趣味でカラオケの自習をしたいという人には需要が有ったのではないでしょうか。また、資料としてもクォリティが高いですので、歌謡曲・音楽全般を研究されている方にも重宝したと思われるのでございます。まぁ、ワタクシの様に、ホステスがお客とのデュエット予習のために買ったりもしたでしょうしね。

さて、「流(なが)し」という職業をご存じでしょうか? ギター1本を抱えまして、夜の酒場、飲食店に片っ端から飛び込んでいくのでございます。お客として入っていくのではなく、その店にいるお客に歌を聴かせる、あるいは客の伴奏をしてチップを貰い歩く、そういうご職業でございます。まだ飲食店にカラオケなんか無かった時代には、かなり多くの「流し」の方がいらっしゃいました。

多分、流しを専門職としてやられている(た)方は、耳コピーで新しいレパートリーを増やしていかれたのだと思われます。ただ、最初から楽譜に起こしてある本が有れば便利ですから、当然、この「歌謡曲大全集」も購入されたのではないでしょうかねぇ。

そして、夜の街にカラオケが台頭するに至り、流しという職人さんは淘汰されていき、今やほぼ絶滅の状態。著作権もシビアになってきたので、よけいにやり難くなったでしょうねぇ。ワタクシ、かなり「流し」という職業に肩入れしておりますが、それは、その音楽的即興能力の高さを敬するということもございますが、それに加え、子供の時に同級生の父親が流しだったというのも影響しております。

小学生の低学年の頃、父子家庭の友達がおりました。ワタクシの家が母子家庭というのもあって意気投合、よくつるんでおりました。ただね、ソイツ、絶対に親父の職業を言わないわけでございます。で、ソイツの家に遊びに行くと、いつも「親父が寝ているから静かに」ってソイツが言うわけですよ。ですから、遊び道具だけ持って外で遊ぶことに。子供ながらに、「不思議な家だな」と思っておりました。

ただね、度重なるワタクシの追及に、とうとうソイツがポロッと打ち明けるわけですよ。「俺の親父、流しなんだ」って。流しという職業を、ずっと「恥ずかしい」と思っていたみたいでございます。これがねぇ、当時のワタクシ、「流し」という語を知らなかったので、リアクションゼロ。ソイツの家の中の状況、昼間から寝ている親父、流しという職業、それらの駒が頭の中で組み上がったのは、ワタクシがもっともっと成長した後でございました。

6畳ひと間のボロアパートがソイツの家でございました。まぁ、ワタクシの家も同様ですからお互いさま。で、ソイツの家に入ると、奥で親父が寝ているので、昼間から薄暗いわけでございます。その薄暗さの中に、ひときわ輝くものが! 当時としては珍しく、かつ相当高価であったでっかいオープンリールのテープレコーダーが、ボロアパートとは実にミスマッチングな趣で置かれていたのでございます。

汚いぼろ屋へ入っていくと、そこは最新鋭の地球防衛軍の基地だった! 子供ながらにそんな心境でございました。それくらい、その薄暗さの中で鈍く光るアルミ製リールは近未来的であり、いくつものツマミやメーターはワタクシの子供心をくすぐったのでございます。とっても、とっても、触りたい心境に駆られましたが、それはソイツから、堅く、堅く、戒められておりました。ソイツ、迂闊に触って、親父からド叱られたのでございましょう。

ワタクシが、「流し」という職業に抱くイメージは、その近未来的なオープンリールのテープレコーダーと、ソイツが自分の親父の職業を恥ずかしがっていたという事実、それが全てでございます。子供が恥ずかしがる職業、そして、カラオケの台頭で追いやられた職業。流しという職業には、哀愁を感じるのでございます。それが、ワタクシが流しという職業に肩入れする理由なのでしょうかねぇ。

最後に、著作権について。最近、JASRACが音楽教室にまで徴収しようと息巻いております。音楽から徴収するというのは正当な業務なのですが、音楽に携わる機関ならば、音楽を「保護」「育成する」という観点も持っていただきたいのでございます。「流し」を生業とされている方、街の音楽教室、そういった人達はJASRACへの登録制にして何かしらの救済措置が欲しいところでございます。では、では。


2018-05-18 【もう少しHでも、ワタクシは大丈夫】

さぁ~て、今日は昨日の続き、あの「ちょっとエッチなビデオ・クリップ」がどうなったか? その顛末記でございます。

このCDが「エンハンストCD」と呼ばれるもので、音楽の他にパソコンデータのオマケも入っております。パソコンデータというかプログラム(アプリ)なので、データ部分はパソコンの機種を選びます。ですので普通、Mac用とWindows用、両方のデータが入っているものでございます。

さて、そのデータ、Macでは再生出来ない。プログラムが古すぎると叱られる。Windowsパソコンで試してみると、取りあえずプログラムは立ち上がるが映像が出ない。CDの発売日が2000年。パソコンにとっての18年の歳月は、ワタクシたちが古代文字や万葉仮名を読むようなものなのでございましょう。

ワタクシ、自宅の押し入れから発掘してまいりました。その当時の「Macintosh PowerBook 1400 G3改」。ワタクシの十分なカスタマイズの入ったその勇姿を、ご覧下さい。

ヒョウ柄の本体にネコちゃんの絵柄という統一感の無さ(笑)。まぁ、どちらもネコ科ですからお許しを。フロントパネルがセロテープで留めてあるのはご愛敬。問題は、確実に15年以上は電源を入れていないこのPowerBookが、息を吹き返すかどうかでございます。

地球帰還直前、凍りついた司令船コンピュータの電源を入れ直すアポロ13のジム・ラヴェル船長のような心境で、ワタクシ、電源を入れてみたのでございます。懐かしい、そして今から思えばややかん高いMacの「シャ~ン」という起動音が鳴り響いたのでございます。

真っ黒な画面を凝視する。次の瞬間、躍り出たオープニング画面がこれ。

おぁ、懐かしい。Mac OS 9.1。当時の最終バージョン。久しく眠っていたハードディスクが、カリカリと音を立てる。機能拡張のアイコンが、画面下でパレードを始める。今の精細な画面と比べるとはるかに荒い画素の文字が、メニューやデスクトップを飾る。何もかも懐かしい。地球圏に戻ってきた宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長の心境でございます。

遊びながら書いているので、顛末記が先に進みませんね。どんどん、先に進めましょう。と、思いきや、画面の右にはプリクラらしきシールの存在が。どれどれ、目を近づけてよ~く見てみましょう。

出た! 20年前のワタクシ。今、ワタクシの脳内では、カーペンターズの「Yesterday Once More」が流れております。あの時の「シャラララ~」や「ゥオウ、オゥ」が、今、昨日のことのように思い出されてくる。♪イッツ・イエ~ストゥデェ・ワ~ンスモ~。

いや、口ずさんでる場合じゃねぇ。CDをドライブに挿入。ウィ~ンと高まるドライブ音。そして、画面に現れるウィンドウ。

出た! 「コイツ、動くぞ」と初めてガンダムのコックピットを覗き込んだアムロ・レイのような心境でございます。アイコンをダブルクリック。画面が暗転。一瞬心配になりますが、高まるCDドライブの風切り音が「今、やってるよ」とワタクシを安心させる。そして、再生されたビデオ・クリップがこれ。


(音が出ます、長いです(4分)、画質荒いです)
  http://she-mail.jp/blog/images/bailamos2000.m4v


画面をiPhoneで撮影なので、画質は良くないですが、この際、ノーカットでお贈りしましょう。18年前の西城秀樹さん出演の、ちょっとエッチなビデオ・クリップでございます。著作権法に抵触しちゃいそうですが、追悼ということで、どうかお許し下さい。お願いします。m(__)m

ということで、秀樹さんのCDのビデオ・クリップ顛末記でございました。重ねて、西城秀樹さんの冥福を、心よりお祈りいたします。


2018-05-17 【早いなぁ】

西城秀樹さんが、亡くなられたとのこと。淋しいですねぇ。ワタクシは、バーモントカレーのCMや寺内貫太郎、ベストテンのドンピシャの年代ですから。『Y・M・C・A』の頃は高校生。ブラスバンド部で、さんざん演奏いたしました。

ワタクシのCD棚の中から、発掘してまいりました。西城秀樹さんのCD。それが、この2枚。

(左から)
・『ノエビアCM HIT! コスメティック・ルネッサンス』
・『Bailamos 2000/西城秀樹』


右のは、完全にジャケット買いでございます。このジャケットを見たら、「あのヒデキに、いったい何が起きたんだ!」と思わざるを得ないでしょ(笑)。ということで、収録曲も確認せずに買ったCDでございます。

このジャケ買いCD、今確認しましたら、「ちょっとエッチなビデオ・クリップ収録」なんて小さな文字で書いてございます。慌ててMacのドライブに放り込みましたが、現在のOSでは再生できないとのこと。後から、Windowsのパソコンを調達して、試してみるのでございます。「エッチな」と書かれては、確認しないわけにはいかないでしょう。中古Macを使ってでも、見てやるのでございます。

さて、左のは、何ざんしょ? 実は、ノエビアのCM企画で、Winkの『愛が止まらない』を西城秀樹さんがカバーしております。ワタクシは、西城秀樹さんの歌の中では、このカバー曲が一番好き。声質の甘さと誠実な歌い方が実にシックリ来ております。

当時のアイドル歌手は、古いクラシック的ガチガチの発声練習を受けておりますので、歌い方が誠実。最近は、無駄に息を吐き、わざと舌足らずっぽく歌うのが流行でして、まぁ、それはそれで否定はしませんけど、こういった真面目な歌い方も勉強して欲しいなぁ。

『愛が止まらない』の甘い歌声をぜひ紹介したいのですが、曲をネットに上げるわけにもいきませんので、各自検索して見つけて下さいませ。シングルカットもされていて、ひょっとしたら、もしかしたら、YouTubeあたりに転がっているかなぁ。

西城秀樹さん、脳梗塞を患われてからは苦労されたようですよね。最初の発症の直後、まだ会話もたどたどしい時期にテレビ出演されたのを、よく記憶しております。同時期にデビューの郷ひろみさんがまだバリバリに活躍されているのを見ると、秀樹さんの63才没というのは、早いなぁ。ご冥福を、お祈りいたします。


2018-05-16 【たかが縫い目、されど縫い目】

大谷翔平選手が、メジャーリーグで大活躍でございます。ここ長らくプロ野球なんて興味を失っておりましたが、大谷選手がメジャーへ行ってからはすかさず野球中継を見るようになった、「にわか大谷ファン」の名古屋薫でございます。

久しぶりに野球中継を見ますと、何やら聞き慣れない用語がポンポン飛び出します。特に、ピッチャーの球種が、以前とはガラリと変わっております。スプリットというのは昔のフォークボールのこととか。カーブ、スライダーなんてのはそのままですが、分からなかったのが「フォーシーム」「ツーシーム」という球種。

調べますと、どちらも「直球」のことらしいのでございます。「シーム」ってのは縫い目。フォーシーム、つまり4つの縫い目とは、投げたボールが1回転する間に4つの縫い目が見え隠れするということらしい。同様に、ツーシームは1回転で2つの縫い目が見え隠れする。

縫い目は空気抵抗を発生させますので、見え隠れする縫い目の数がボールの挙動に影響を与え、違った球種になるという寸法でさぁ、ダンナ。たかが縫い目と思いきや、されど縫い目だったのでございます。

さて、ちょっとイメージしにくかったので、実際のボールで確認いたしましょう。と、言いたいところですが、そんな調子よくボールが見つからない。何か丸いものに線を引いて確認しようとしましたが、そんな丸いものも調子よく見つからない。結局、こんなものに線を引いて、確認いたしました。

オッパイ! 丁度、身近に、オッパイが有りましたので、野球のボール独特のあの縫い目を書き込んでみたのでございます。なぜ「なごやん」が置いてあるかって? まぁ、置いといた方が、大きさが分かりやすいでしょ。エッ? このオッパイは何だって? ワタクシのオモチャ箱には、色々なものが入っているのでございます。

写真の「乳首」が横向きの状態ででボールが縦回転すると、4つの縫い目が見え隠れし、フォーシームになる。乳首を上向きに持って縦回転させると、確かに2つの縫い目しか横切らない。ツーシームの直球になるということらしい。こんなことで、ボールの挙動が変わるのですねぇ。というか、この2つの直球を見分けているアナウンサーや解説者が、スゴイと思うのでございます。

さて、ツーシーム、フォーシームを調べておりましたら、なんと「ワンシーム」なんてぇ球種があるとのこと。ここで、ワタクシ、「エッ?」なのでございます。ボールが1回転する間に縫い目がひとつしか横切らない? それは、それは、トポロジー(位相幾何学)的に、有り得ないのでございます。

野球のボールは2枚の瓢箪型の皮を縫い合わせております。縫い目は繋がった輪になっております。では、その2枚の皮を、それぞれ「A」「B」と呼びましょう。目の前を縫い目がひとつ通過する時、見えている皮は「AからB」あるいは「BからA」と変化するわけでございます。さぁ、付いて来て下さいよ。

目の前を縫い目が通過する度に、見えている皮は入れ替わります。そして、ボールがちょうど1回転した時、最初に見えていたのと同じ皮が見えているはず。同じ皮に戻るためには、目の前を横切る縫い目は「偶数」で無ければならないのでございます。

ですから、トポロジー的に、「ワンシーム」というのは、有り得ない! と、屁理屈を言ってはいけませんね。ワンシームのボールの握り方を見ますと、どうもボールを斜めに持っているようでございます。縦横に走る縫い目に角度がつきますので、そのどちらも空気抵抗の影響を受けにくくなるということみていでございます。

まぁ、名前の由来的には「ワンシーム」というのはおかしいのですが、「ツーシームよりもさらに空気抵抗が少なくなる」という意味合いでワンシームになったのかもしれませんよね。野球のボールの縫い目、たかが縫い目、されど縫い目、実に繊細な使い方をされております。

バレーボールとか、サッカーのボールは、頻繁にモデルチェンジされまして、縫い目の形も大幅に変化いたします。それに比べて野球のボールの縫い目は、百年以上も同じ形をしております。これだけ繊細な使われ方をされてましたら、モデルチェンジなんて出来ませんよね。納得なのでございます。

さて、ワタクシに線を引かれたオッパイ、水性ペンなので水洗いで落ちるかなと思いきや、うっすらと青い線が残ってしまいました。今、ワタクシのオモチャ箱の中には、青筋の入ったオッパイが転がっております。まぁ、よりリアルになったかな? では、では。


2018-05-15 【6月前半の出勤スケジュール】

各コンパニオンから、ぼちぼち、6月前半の出勤スケジュールをもらっております。現状で、「水沢さくら」「春咲なずな」「星野ちとせ」「川原りこ」「蛯原みなみ」のスケジュールが決まっております。「藍井みか」「綾瀬まこ」のスケジュールも、数日中にアナウンス予定でございます。

さて、5月の出勤にも変更がございまして、「蛯原みなみ」、5/28(月)~5/31(木)はお休みの予定でしたが、出勤に変更になっております。月末にしか来店出来ないお客様、チャンスでございます。

月間スケジュールは、いつものアドレスからご確認下さいね。


月間スケジュール

・PC・スマホ用
  http://she-mail.jp/resource/schedule.jpg

・携帯電話用
  http://she-mail.jp/resource/schedule_s.jpg

・オフィシャルサイト「イベント」
  http://she-mail2.jp/event/


2018-05-14 【My Favorite Things、略してMFT、ナンノコッチャ】

最近、ちょっと気になるもの。まず、これ。

「クロレッツ」。何だか分からずに、取りあえず、ルパン三世の絵柄で衝動買い。クロレッツだと知ったのは買った後でございました。どうにもこうにも、この金属製の容器が可愛くて。表面の微妙な湾曲に、やられちゃいましたねぇ。

さて、クロレッツだと分かった後も、その味がどうしても思い出せない。よ~くよく考えてみたら、ワタクシ、クロレッツを口に入れたことが無い! CMで毎日の様に商品名を耳にしておりますので、てっきり経験済みだと思い込んでおりました。ウ~ム、CMのサブマリン効果、じゃなかったサブリミナル効果、恐ろしや。

コンビニに3種類の絵柄が並んでまして、「3種類、コンプリートしたいなぁ」なんてぇ気持ちにもさせられてしまいます。まぁ、カワイイ容器ですけど、3つあってもしょうがない。ここは業者の陰謀には乗らないようにいたしましょう(あ~、でも、買っちゃうかも)。

さて、もうひとつ、最近ハマっているものがございます。それが、これ。

「スリザーリンク」というパズルでございます。毎日新聞の月曜版に乗っているのを解いているうちに、これもハマっちゃいました。そのうち、月曜日が待てなくなり、ネットに転がっている問題を解くことに。そしてそして、問題集の購入にまで至っております。お酒やギャンブルなら深刻な依存症でございますが、まぁパズルでよろしかったですねぇ。

これとは別に、もう何年も前からハマっているのが、これ。

「数独(すうどく)」と言われるパズルでございます。この「数独」という語、海外でも知られておりまして、「sudoku」として多くの海外のサイトが紹介しております。ところが、ところが、この「数独」という名称、パズル会社の登録商標だそうでございます。一般名は「ナンバープレース」あるいは「ナンプレ」と言うそうですが、まぁ「SUDOKU」という東洋的な響きが海外で好まれたのかもしれません。

画像で見ても分かるように、ワタクシがやっているのは数独の日めくりカレンダーでございます。1日1問。パズルを解いた後は、裏がメモ用紙に使えて便利、便利。もう4~5年前から毎年購入しております。

この日めくりカレンダー、最初の方は簡単で、徐々に難しくなっていく。3月くらいまでは楽勝でして、夏から秋にかけて難問がチョロチョロ混じってくる。年末は難問揃いだったりして、中には1時間以上悩み苦しむものもございます。毎年、「年末の忙しい時に~」と思いながら解いております。

若い頃から論理的なパズルが大好きなワタクシですが、現役の頃は、お店で待機中には、こういった論理的なことはやらないようにしておりました。実はですねぇ、パズルを解くとか文章を書くとか、そういった論理的なことをしていると、脳の男性部分が非常に活性化されるようなのでございます。

そんなタイミングで急に選ばれて接客しますと、まぁ、そういう時は苦労する。失敗したりもする。頭の中が切り替わってなくて、顔つきや声が変わっていたりするのでしょうねぇ。そんな経験を経て、脳みそに男性部分と女性部分が有ることを実感したりもいたしました。

今日は、ワタクシのお気に入りの紹介でございました。では、では。


2018-05-13 【四股名で「星」の字、珍しいなぁ】

今日はね、新聞の記事からいくつか拾い読み。

相変わらず、名古屋城のエレベータ設置で揉めております。とうとう、「差別だ!」と、差別論まで出る始末。困りましたねぇ。「エレベータを付けて欲しい」という主張も有れば、障害者の方の中からも「エレベータは無い方がいい」と言い出す方も出てきております。すべての意見を同じ土俵に上げて、議論すべきだと思いますけどねぇ。

滅多に使わない、娯楽のための施設、そういうことを考えますと、そのエレベータ設置にかかる費用を、駅などのもっと生活に密接した部分に使った方が有効だと思いますけど。「差別」に値するのかどうか、それが今後の論点になっていくのでしょう。

小泉さん、「全電源を、自然エネルギーに出来る」と豪語しております。いやぁ、自然エネルギーの割合を増やすことは出来るでしょうが、いや、「全部」ってのは、無理! 絶対、無理! それを目指したドイツが、いま大変なことになっております。

ドイツでは、自然エネルギーに移行するにつれ、一般市民の電気代がうなぎ登り。「電気の買い取りなんかしてる場合じゃねぇ」とドイツ政府も方向転換。買い取り価格を下げるなどして収拾に当たってますが、相変わらずドイツの電気料金は高値横ばい。自然エネルギー移行の、実に「悪い例」となってしまっております。

小泉さんいわく「震災以後、停電はしていない」と申してますが、これには、電力会社の涙ぐましい努力が有ったのでございます。というか、今の日本で大規模な停電が起きると、かなりヤバイ。日常生活のほぼ全てがコンピュータで管理されてますからね。都市部では、餓死者が出る可能性だって有る。人間の心臓が一時たりとも止まっては困るように、今の日本の電力も「止められない」のでございます。

自然エネルギーに完全移行すると、人間の営みを自然に合わせなければならなくなる。電気は「溜められない」からでございます。これは、24時間態勢で動いている日本の経済では、無理。というか、小泉さん、電気に関する基礎的な知識はあまり持っていらっしゃらない様子。理想を掲げるのはよろしいかと存じますが、現実の勉強ももう少しして頂きたいなぁ。

大相撲が始まりました。土俵の女人禁制に関し、解説の北の富士さんが「本場所はともかく、巡業はいいんじゃねぇか」的な発言をしておりました。巡業で一時的に作られる土俵ってのは、木枠の中に発泡スチロールを詰め、上に土を敷いただけのもの。体育館だったり庭だったり、ショッピングモールの吹き抜けだったり、そんな場所に作るわけで、あまり女人禁制にこだわることもないかと。

でもね、本場所と言えども、名古屋・大阪・九州場所は体育館を利用している。国技館だって、相撲以外のイベントでは、あの土俵が地下に格納されて、その上とは言え、老若男女が土俵の上を素通りすることになる。ゴルフの霞ヶ関カンツリー倶楽部も女性を受け入れましたし、そもそも根拠のない「土俵の女人禁制」からは、そろそろ脱皮してもよろしいのではないでしょうか。

新入幕の「旭大星」、ツルンとした顔立ちでカワイイですねぇ。まぁ、関取に「カワイイ」は失礼かも知れませんけど。でも、年齢を見ると、そこそこの28才。28で新入幕とは、苦労されましたねぇ。今場所、頑張って欲しいのでございます。

こんなことをぼちぼち考えていた日曜日でございました。さんざんな雨降りの日曜日でしたが、明日は晴れるかな? では、では。


2018-05-12 【断言しちゃいます】

「性転換費用を保険適用に」という話題がございます。以前もこのお話はしましたね。この話題を、長年ニューハーフ業界に身を置くものとして、もう一度、意見させていただきます!

仕事柄、大勢のニューハーフ、女装者を見てきております。結論から申しますと、「女装する人の中で、かなり多くの人が幼少期に十分な愛情を注がれていない」ということでございます。育児放棄や虐待、イジメなどを受けていた人が多いのでございます。幼少期の体験と衣装倒錯、これは絶対に因果関係があると睨んでおります。

ここから推測するに、今、性同一性障害を訴えている人の多く、というか、ほとんどは、本当は「心の病気」ではないかなぁと思っております。しかしながら、診断を下す過程で、こういった心の病気はあまり疑われてない。ワタクシ、批判を顧みず断言いたしますよ。

「今の性同一性障害に対する診断は、かなり多くの誤診を含んでいる」

ワタクシも、20代位までは性転換を考えておりましたよ。カルーセル麻紀さんを羨ましいと子供心に思ったこともございます。でもね、女性として行動する期間が長くなり、一般社会に埋没するにつれ、パンツの中の形などどうでもよくなったのでございます。ワタクシ、さらに断言いたします。

「体の形を変えることよりも、社会への適応能力を高める方がはるかに有効であり現実的」

そしてここに、新たな提案をいたします。本当に「性同一性障害」という診断を下せる人は、ほんの一握りでございます。ですので、最初から「性同一性障害ありき」で診断を始めるのではなく、他の心の病気まで想定に入れた新しい病名を考えるべきでございます。

「性別変更願望症候群」

こんなのはどうでしょう? コミュニケーション障害、うつ病、心身症、乖離性同一性障害、ノイローゼ、こんなようなものが変身願望の病因になることがございます。こういった可能性を極力最後まで見逃さないように、最初からあらゆる可能性を想定した病名からスタートするべきだと思っております。

さらに、マスコミにも問題がある。性転換してうまく行っている人ばかりが脚光を浴びる。しかしその影で、多くの「失敗した、早まった」と後悔している人にはフォーカスを当てない。さらに、「性転換してないけど、上手に異性の性別で社会生活してます」という人も、まったく話題にならない。

性転換手術をしてうまく行っている人しか話題にされない。ですから、変身願望を持つ人は「性転換すれば、私もあんな生活が送れる」と思い込んでしまう。後悔している人、他の選択肢でうまく行っている人、こういった人達を取り上げないマスコミも困りものですが、その風潮に乗りすぎている医学界は犯罪的だと、ワタクシ、断言いたしましょう。

「マイノリティ(少数派)を支援している俺、カッコイイ!」、こんな風潮が世の中に溢れております。同時に、そのマイノリティを批判したりすると、「弱者イジメ」として猛烈な反駁(はんぱく)を買ったりいたします。多数派も少数派も同様に批判出来て初めて、世間一般の「共感」が得られるのだと思いますけどねぇ。今日は、いろいろ「断言」した日でございました。


追記