店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
レジ袋を有料化したのをきっかけに、「レジかごを持って帰る」「マイバッグを利用した万引き」などが増えているとか。セルフレジにぶら下げてある有料のレジ袋をこっそり持って行く人もいるとか。「レジ袋有料化」の「腹いせ」でやったのでしょうか? レジ袋に値段が付いたことって、犯罪を犯してまで腹いせする程の悔しいことでしょうか?
先日、あるYouTubeの動画で、アメリカのコンビニの様子を紹介しておりました。特徴的だったのが、コーヒーやファーストフードの購入の仕方。コーヒーは、まず自分で作ってからレジに持って行く。何を作ったかは自己申告。ホットドッグもソーセージとパンが別々にホットプレートの上に置いてあり、やはり自分で作ってレジに持って行く。
このごくごく性善説なシステムで、それなりにうまく行っているのですよね。殺人や強盗といった凶悪犯罪の多さは、日本の比ではないアメリカ。でも、日常の些細な風景の中では、整然とした秩序も存在しているアメリカ。アメリカ人のこの秩序はいったいどこから来ているのか? チョイト考えてみました。
まずね、「規則」の根本的な考え方が違う。日本の規則ってのは厳格で事細かく決められている。一方アメリカの規則は禁止事項さえ守れば後は自由というルーズな考え方。これね、自由度が少ない日本の規則には「責任」というものが見えてこない。しかし、自由度が高いアメリカの規則には、責任(自己責任)がチラホラ見えてくる。そんな違いを、感じるのでございます。
「赤信号で渡るのも、マスクを外すのも自由、しかし自己責任でね」という考え方だと思いますよ。そう考えると、アメリカのコンビニでは、「ズルするのも自由だけど、店主に射殺されても文句言わないでね」というプレッシャーが有るのかも知れませんね(笑)。銃社会のアメリカですから、はね返ってくる自己責任の重さもそれなりということですよ。
クリスチャンの割合が圧倒的に多いアメリカ。子供の頃から刻み込まれた宗教観が、コンビニ内での道徳秩序を守っているのかもと考えます。一方、日本は着々と無宗教化している。新渡戸稲造は「武士道が日本の道徳だ!」と言いましたが、その武士道の精神も今では古典となっておりますからねぇ。