店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
昨日の刑事つながりで、今日は刑事ドラマのお話。先日、ドラマ「人間の証明」が放送されておりました。この作品を見るのは、もう、何度目でしょうねぇ? 数度のリメイク作品、そして数々の再放送、何十年も愛されてきた作品でございます。
この作品が脚光を浴びたのは、角川書店の功績でございましょう。昭和50年代の「見てから読むか? 読んでから見るか?」というキャッチコピーは有名でございます。小説と映画のコラボ商法って、角川が初めてではないでしょうか? 当時、中学生のワタクシ、そりゃぁ、もうね、みんなでワイワイ言いながら、映画館に足を運んだものでございます。
映画を見て、小説を読んで、後から「シナリオ」つまり台本まで出版されて、それも読んで。でも、レコードまで買う金はなく。ほんと、お小遣いをつぎ込ませて頂きました。でも、その当時かなぁ、「新潮文庫の100冊」というシリーズを読破しようとか挑戦したのは。多感な時期に、いい刺激をいっぱい頂いたのでございます。
思春期のころの、母親と確執のある時期。その確執を持ち越したまま、自分が成人になった時期。そして、その確執が自分の中で昇華できた時期。さらに、母親を送り出した後の時期。同じ映画が、その見る時期に応じて、違うメッセージとなって伝わってくるのでございます。
こう考えると、このドラマの母親役を演じる女優さんは、難しいですよねぇ。単純に、愛とか憎しみとか利害とか、そんな割り切った感情ではない深遠な「絆」の世界を見せられるのでございます。古くは岡田茉莉子さん、そして今回のリメイクでは鈴木京香さん。いやぁ、実に見事だと思います。
大震災後、やたら「絆」という語が使われますが、実は、あれ、ワタクシはあまり好きではございません。どうも、倉庫の中に眠っていたキャッチフレーズを当時の民主党が持ち出したら、意外とウケが良かったのでそのまま、って感じにも思えてまいります。
絆ってのはねぇ、ドロドロなんですよ。信頼することだけが絆ではない。時には「しがらみ」であったり、情に流されるということであったりもする。なまじっか、血が繋がっているから困る絆というものもございますし、血の繋がりが無いのに血縁以上の固い絆というものもございます。
NHKの「ねほりんはほりん」という番組で、「養子」がテーマの回がございました。ある子供が、何歳かの誕生日に、両親から「実は、あなたは養子なんです」と告げられ、そこからの苦渋混迷を吐露するという内容でございました。
その登場人物の青年、今ではご両親と仲むつまじくしていらっしゃるそうですが、打ち明けられた当時は「血が繋がっていない」ということで悩まれたそうでございます。ここで「親子の絆」って何だろう? という疑問が持ち上がるわけでございます。
人間関係において、「血縁」というのは非情にウェイトが高いのでございます。お部屋を借りるときなどの保証人、血縁者以外では審査が通りにくかったりいたします。あと、企業の共同経営なども、血縁者同士でないと、なかなか上手く行かなかったりいたします。にも関わらず、実の親子で骨肉の争いをした家具屋さんとかもございました。
では、親子の絆で血縁は必要なのか? ということも考えるのでございます。「育ての親」ということでございます。これで思い出すのが、中国の残留孤児の方々。生みの親と育ての親、どちらにも絆で繋がれた方々。ふたつの絆で挟まれた方々にとっての真の幸せを考えると、単純に「帰国がベスト」と考えるのをためらってしまうのでございます。
ワタクシが考えるに、「この子のためなら死ねる、犠牲になれる」と思えたら、それは十分に「親子の絆」ではないでしょうか。ワタクシは3歳の頃、重い腎臓病で十ヶ月も入院しておりました。その時、ワタクシの母親は何度も「何なら私の腎臓を使って下さい」と言い続けておりました。