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薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2016-03-04 【涙は心の汗だ!】

最近、「サイコパス」という語によく出会うのでございます。斎藤工のドラマでは犯人がサイコパスという設定のお話がございましたし、NHKの白熱教室でもサイコパスがテーマの回がございました。今日は、サイコパスがテーマでございます。

サイコパスという必要悪

「サイコパス」に関する資料を読むと、かなり恐い事がいろいろ書いてございます。簡単に言いますと、人が持っている「善」と「悪」の感情のうち、「悪」しか持っていないということだそうです。「善」によるブレーキが利きませんので、躊躇なく残忍な犯罪行為に走ってしまうという、ある種の「病気」なのでございます。サイコパス診断テストというのがありまして、それをやってみると、ワタクシの場合はほとんど0点。「やったー、サイコパスじゃないぞ」と喜びたいところですが、ちょっと簡単に喜べない事情があるのでございます。

実は、サイコパスってのは、企業の経営者などには、ある程度必要な要素なのでございます。もちろん、100%サイコパスに振り切っているというのではなく、「サイコパス傾向がある」という程度。ワタクシの今までの職歴の中で思い返しますと、「やり手」と言われるような方々は、例外なく、このサイコパス傾向が高かったのでございます。アメリカ大統領選挙で話題の人、トランプ氏も、かなりサイコパス傾向が強そうでございます。でも、そんなトランプ氏がそこそこの支持を得ているのは、基本的にアメリカが個人主義でフロンティア精神の国だからでしょうか。今、自分にこの要素が欠けているというのは、お店の経営者としては複雑な心境なのでございます。

サイコパス傾向は枯れるもの

ワタクシ、けっして、若い頃から枯れてたわけではございません。若い頃はサイコパス傾向がかなり高かったような気がいたします。程度の違いこそあれ、人間というもの、幼少期に最高のサイコパス傾向を持ち、年を取るにつれてその傾向が枯れていくのではないでしょうか。サイコパスの要素のひとつに、「共感しない、人の気持ちが分からない」ということがございます。実は、ワタクシは学生の頃、

「人の気持ちなんか分かるはずがない。もし本当に分かってしまったら、痛くて痛くて、街中を歩けない。」

と断言しておりました。そして、人の気持ちが分かったような言い方をする人に対し猛烈に反駁するという、「嫌なヤツ」でございました(笑)。人の気持ちが分からないなりにも社会生活を営めたのは、多分、経験や想像力で、それこそ「社交辞令的に」人の気持ちが分かったような「演技」をしていたのでございましょう。そして、多くのサイコパス傾向の高い人が普通に社会生活を送れているのも、このように経験的・辞令的な社交術を身につけているのだと思います。

こんな風に思えるのも、今、自分のサイコパス傾向が枯れているからでございましょう。枯れて初めて、人の気持ちが本当に見えるようになってきた。この心境に至ったからこそ、過去の自分がいかに「分かったふり」をしていたかに気がつくのでございます。年を取ると涙もろくなるといいますが、これは、サイコパス傾向が枯れてきて、理屈で考えていた人の気持ちが、「共感」としてダイレクトに自分の心に響いてくるからではないでしょうかねぇ。最近は、ウルウルが多い名古屋薫でございます。では、今回はこんなところで失礼いたします。


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