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薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2009-11-08 体を浮かす変な宗教とか有りましたが、それとは別なお話

新聞のテレビ番組欄に、北野武主演『点と線』なんてのがありましたので、さっそく録画予約。お店が終わった後の深夜、眠たい目をこすりながら、その録画を楽しんでおりました。

この北野武という方、役者としては実に不思議な方でございます。特に滑舌(かつぜつ)が良い方ではない、というか、むしろあまり良くない。そして、卓越した演技力を保持しているわけでもない。けれども、その演技には妙に心惹(ひ)かれるものがあるのでございます。役者としての力量というよりは、北野武自身の人間性の魅力ゆえのなせる技ではないでしょうか。

北野武の演技の特徴は、「脱力」でございます。余分な力が一切入らない「自然体」なのでございます。普通、演技しようとすると、両手のやり場に困ったりするものでございます。その“手持ちぶさた”感を解消するために、小道具を持ってみたり、ポケットに手を突っ込んだり、とまぁ役者というのはいろいろ工夫したりいたします。けれども、北野武の演技は、基本的に両腕は脱力状態。まるで矢吹丈のノーガード戦法のように、ダランと垂れ下がっております。また、北野武さんが監督をした作品でも、その「自然体」が浸透しておりまして、“演技”、“あざとさ”といったものを極力排除した空気が、映画全般を包み込んでおります。

さて、この「自然体」というやつ、やってみようとすると意外と大変。試しに、「何も考えていない状態」というのを維持してご覧なさい。何も考えないようにしていても、ふと、「あ、今、何も考えていないな」と思った瞬間に、「今、何も考えていないな」という“考え”をしていることになるのでございます。そう、何も考えないというのは、全てのものから自分を“解放”してやる「無の境地」のこと。「脱力」「自然体」「解放」というのは、みんな「無」につながるのでございます。

では、そんな状態で、どうやって台本通りのセリフや動きをやれるのか。それは、役者さんは「覚えたセリフや動きを、一度忘れてしまう」という作業をするからでございます。稽古を重ねることで、動きやセリフなどの段取り的なことは、脳の中の「無意識の領域」に押しやるのでございます。無意識で動けるからこそ、台本を覚えていなくても間違いなく動ける。それが、「忘れる」という作業。優秀な役者さんは、この「忘れる」という作業を必ず行います。むしろ、何回でも自然なリアクションをするためには、この忘れるという作業は、演技の上では必要不可欠な要素なのでございます。

もっとも、北野武の場合は、「忘れる」という作業をやっているのではなく、最初から台本を覚えないのかもしれませんけどね(笑)。しかしながら、舞台やカメラの前で自然体でいられるというのは、大変な度胸でございます。殴り込みもやり、事故で死にかけたりもし、いろいろな経験をしてきて腹が据(す)わっているゆえの、あの自然体なのでございましょう。とにもかくにも、北野武、地味ではありますが、すごい人でございます。

そうそう、無の境地では重力も感じませんから、自分の体が宙に浮いているような感覚を覚えます。と、ところが、「あ、今、浮いてる」なんてことを思った瞬間に、これまた無の境地ではなくなってしまう。現代社会ってのは、何かと考えなくちゃならないことがいっぱい有りますから、ふと、“何も考えない時間”というのがあってもよろしいかと思いますよ。ほら、自分の体が浮き始めたら、それが無の境地というやつでございます。


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