店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
またまた、朝ドラの話で申しわけないのでございます。今回の『おちょやん』、大成功ではないでしょうか。中だるみも無く、余分な水増しエピソードも無く、全体的によくまとまった良作だと思われます。序盤、中盤の伏線を終盤できちんと回収しており、クランクインの段階で既に脚本が終盤まで書き上げられていたのも伺えるのでございます。
撮影現場は、かなり順調だったように想像出来るのでございます。それは、まず、主役「杉咲花」さんの勘の良さでございましょう。そして、舞台のシーンも多いため、実際の舞台役者を多く起用しているというのも、現場の円滑さを大いに助けたでしょうね。場数を踏んでいる役者さんというのは、細かい指示を出されずとも、空気を読んで自分の判断で動けますからね。
でね、ドラマに対して「私ならこうする論」というのは非常に下世話なことではあるのですが、チョイトだけ、本日の『おちょやん』107話の演出で、申し上げたいことがございます。ラジオドラマの本番中に、主役の竹井千代(杉咲花)が台詞を飛ばしてしまう部分でございます。まずは、見ていない人のために、その部分のあらすじを説明いたしましょう。
本番中、主役の千代はスタジオ内で転んでしまい、慌てたために台詞を飛ばし、「お父さん、締めて下さい」という最後のページの台詞を言ってしまう。次の瞬間、スタジオ内の全員が凍り付く。調整室の関係者も、大騒ぎ。そこで、夫役の当朗(あたろう、塚地武雅)が機転を利かす。
当朗、無言のまま、自分のネクタイを引っ張り上げて千代に見せる。千代、すぐに気がつき、「ネクタイをきちんとしめなはれ」と、両者、アドリブで難なきを得る。音声だけのラジオドラマならではの、アドリブ修復でございます。また、若い頃からさんざんアドリブ芸を叩き込まれてきた両者ならではの妙とも言えるのでございます。
さて、この部分の演出、ドラマの中ではどうなっていたかと申しますと、千代が台詞を飛ばした直後、画面は調整室の風景に変わります。そして、「2ページ飛ばした!」「だから、違う役者を使えと言ったんだ!」「つじつまを合わせるようにメモを渡せ」と、三者三様の立場の人が「順番に」台詞を吐くのでございます。
次に、画面はスタジオ内に戻り、当朗と千代のアドリブにより、本来の筋書きに復帰するわけでございます。調整室の三者三様のシーンを挟んでおりますので、アドリブによる復旧にはちょっと間があったようにも見えるのですが、実は一瞬の出来事。なぜ一瞬だと分かるかと申しますと、その後のシーンで、調整室の1人が「一瞬で元に戻しよったぁ」という台詞を吐くからでございます。
まず、主役の千代のモデルとなった人は「浪花千栄子」さん。当朗のモデルは「花菱アチャコ」さん。両者とも、アドリブ芸の達人でございます。それ故、この程度のアドリブ復帰はお茶の子さいさいだったことでしょう。だから、「一瞬」なのでございます。しか~し、調整室は大騒ぎ。この一瞬と大騒ぎが同時に起きているのを画面上でどう表現するか? 演出家の拘りが出る部分でございますね。
このドラマの演出家は、「一瞬」の表現を犠牲にして「分かりやすさ」を優先したのでしょう。調整室の混乱を丁寧に描き、事態の大変さを強調する。で、後付けの説明台詞で「実は一瞬の出来事だったのだよ」と視聴者に教えるという手法でございます。では逆に、「一瞬」という「間(ま)の妙」を優先し、分かりやすさを犠牲にした演出とはどういったものでしょうか? せん越ながら、「私ならこうする論」でございます。
千代と当朗のアドリブ復帰のシーンは、ワンカットでございます。千代が台詞を飛ばす、すぐに千代が「しまった!」という顔をする、スタジオ内が凍り付く、調整室内では3人が同時に何かを叫んでいる様子だが声は聞こえない、当朗がネクタイを指し示す、知恵がアドリブで答える、とここまでの一瞬の出来事がワンカットでございます。千代と当朗の「阿吽の呼吸」を優先した演出でございますね。