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薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2020-11-25 【また変わった...】

「ママ」とい役職を20年もやっておりますと、キャストから「ママ、人が変わった!」と言われる事も往々にしてございます。まぁ、良い意味でも悪い意味で言われる事が有り、時には「心外だなぁ」と思う事もございます。今日は、三種類の「人が変わった」をご紹介いたしましょう。

長期的な自分の中の価値観

価値観や基本原理というものは、長い月日の移り変わりで変わる事もございます。例えば「お店の経営方針」とか。これはあまりコロコロ変えるべきものではございませんが、世の中も変われば、客層も変わる。自分の体力も変わる。長~いスパンで見れば、少しずつ軌道修正を求められる事も多い。変わると言えども、極めてゆっくり変わって行く長期的な変化でございますね。

中期的な対外的対応や判断

人生は無数の「決断」の積み重ねでございます。朝に決断しそれを夕方に翻したりいたしますと、「朝令暮改」「コロコロ変わる」などと言われて信頼を失います。これを避けるために必要なのは、「展望」と「覚悟」。展望が有れば、説明が出来る。この説明が、従ってくる者を安心させるのですよね。あとは、自分の決断と心中をする覚悟あるのみ、でございます。

刹那的な臨機応変

日々の細かい決断では、「臨機応変」を求められる事も多いもの。自分で処理する分には問題ないのですが、もし他人が絡んでくると、「前回は違う指示をもらいました」と愚痴を言われる事になる。ここにも、管理者の説明能力が問われる事になりますねぇ。で、説明をするとかえって現場が煩雑になりそうな場合は、「あえて臨機応変をしない」という判断をすることもございます。まぁ、それも、臨機応変の内でございますねぇ。


え~と、すごい長い前置きでございましたが、政府の「GoToナントカ」がコロコロ変わっていることへの「イヤミ」でございます(笑)。コロナに関して、「救えたかもしれない命」なんて言われてますが、ワタクシに言わせれば、人間の死は全て、救えたかもしれない命なのでございます。そこを勘違いしちゃぁ、いけねぇよ!

この交通事故は避けられたかもしれない、この災害は防げたかもしれない、不摂生をしなければ死ななかったかもしれない...人間のどんな死にも、「もしかしたら」は付きまとっているのでございます。コロナだけが特別ではないのですよ。コロナの営業自粛で自殺に追い込まれた人がもしいたら、その人の死も「もしかしたら救えたかもしれない死」なのですよ。

コロナ、病院、経済、学校...多くの要素が、「トレードオフ」の関係になっております。つまり、こちらを立てればあちらが立たず、という状態。その利害関係の箱庭を上から覗き込んで、より全体の利益が上がる「妥協点」を見つけるのが、政治の仕事。コロナで振り回されてコロコロ変わる今の政治家の皆さんは、箱庭を上から覗き込む俯瞰の感覚を持っていらっしゃるでしょうかねぇ? チョイト、心配でございます。


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