店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
バスが終点まで行きますと、その後、乗客が残っていないか、運転手が車内点検をいたします。その点検で、小学生が眠り込んでいたのを見落としてしまったのですよね。バスが営業所へ向かって発車した所で、小学生が起きる。運転手、気がつく。まぁ、ここまでは、よく有るお話でございます。
その後、運転手は最寄りのバス停で小学生を降ろし、バスはそのまま回送車として営業所へ。見知らぬバス停で降ろされた小学生、降りるはずだったバス停までは数キロの距離。次のバスまでには、時間が有りすぎる。その小学生、数キロの道のりを歩いて戻ったそうでございます。なんともたくましい小学生であることか。
いや、今日のお話の主人公は小学生ではございません。バスの運転手でございます。いくら乗り過ごした小学生が悪いとは言え、見知らぬバス停で小学生1人を降ろして去って行くとは、淋しい行いでございますよねぇ。もしそれが業務規定で定められている事であるとすれば、何とも愛のない、そして余裕のない業務規定でございます。
営業所に着いてから、自宅へ連絡を入れ、手の空いた職員が自分の車で送っていけば良い。小学生はいつもと違う体験にワクワクし、営業所で何かしらのグッズを貰えるかもしれない。この出来事を機に、この小学生が将来「バスの運転手になる!」と言い出すやもしれない。
アメリカだったら、多分、こんな展開になるかな的なお話ですよね。なんかね、日本のバス会社にも、これくらいの愛情と遊びの精神が有ってもよろしいかなと思うのでございます。あるいは、こういった「遊び」を許さない管理体制が有ると言うのも事実でございます。
海外だと、橋で飛び降り自殺をしようとしていた人をバスの運転手が助けた話ですとか、車内で産気づいた女性がいて、路線を無視して病院へ直行した話とかございます。そういうのは、乗客も文句を言わず、思いも寄らぬ美談のその現場に遭遇した偶然を一緒に喜んだりいたします。
日本だと、どうでしょうねぇ? 人助けでやった事でも、業務規定違反として運転手は処分されるのでしょうか? あるいは、そんな美談の中でも、乗客はクレームを入れるのでしょうか? そう考えると、バス会社側だけでなく、乗客の方にも、「遊ぶ余裕」がなくなっている様に思えてきます。