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薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2018-11-07 【文化から世俗へ】

先日、『新説!所JAPAN』という番組が「オネエ」を取り上げていたことをお話いたしました。その番組、日本でこれだけオネエの露出が多いのは、「オネエがみなプロフェッショナルだから」と結論づけておりました。今日はね、ワタクシがチョイト補足をしたいと思っております。

今、芸能界を賑わしている「オネエ」と呼ばれる方々の多くは、ワタクシと同年代でございます。ですから、幼少期・思春期にどんなことを体験してきたかというのは、だいたい想像が出来るのでございます。ですので、ワタクシ自身の体験を踏まえて、いろいろお話するのでございます。

「ニューハーフ」という和製語が誕生したのは、ワタクシが18才の時でございます。その後すぐ、ニューハーフブーム到来。テレビでは連日、ニューハーフがどこかの番組に出演しておりました。日本中の視聴者がテレビを見て、「まぁ、ニューハーフ、綺麗!」と賞賛しまくっている時代でございました。

ただねぇ、「テレビの中のニューハーフはキャッキャと喜んでいても、もしそのニューハーフが隣近所に済んでいたらそれは許せない」、というのが世間一般の考え方でございました。また、家族の中にニューハーフがいるということで、関係ない兄弟姉妹の縁談が破談になる。そんなことも起こる時代だったのでございます。

今でこそテレビでチヤホヤされてはいるものの、若い時には相当嫌な思いや差別的な扱いを受けてきた、それが、今、オネエとして活躍してい方々の背景でございます。そして、その方々に共通するのは、「必死に自分の居場所を見つける努力をし続けてきた」ということでございます。

不当な扱いを受けている人が、そのような扱いをされなくする方法。それはただ一つ。「世の中に必要とされること」でございます。

想像してみて下さいませ。ここに、少しナヨッとした男性がいるとしましょう。それだけだと、「何? あの男性、気持ち悪い」と思われてしまうかも知れませんよね。でも、誰かから「あの男性、踊りの先生らしいわよ」なんて聞かされると、とたんにその男性を肯定してしまう。尊敬すらしてしまうかも。ほとんどの日本人が、こういった感覚を持っているはずでございます。

不当な扱いから脱出するために、何かしらの技能を身につけた。あるいは、世の中を見返してやるという反骨精神で努力した。オネエの方々にプロフェッショナルが多いのは、世の中の差別や偏見から抜け出すためにもがき苦しんだ結果なのでございます。

もちろん、すべてのオネエの人がプロフェッショナルになれるわけではございません。当然、夢なかばで諦め、世の中の不当な扱いを堪え忍びながら生き抜いた人も多いでしょう。仕方なく、自分では苦手だと自覚しつつもニューハーフという接客業を選ばざるを得なかった人もいるでしょう。オネエキャラを封印して、一般社会に埋没していった我慢の人もいるでしょう。

わたくしごとですが、ワタクシもアマチュアで女装している頃は非常に肩身が狭く、卑屈になることも多かったのでございます。ところが、お仕事としてニューハーフを始めたときに、その卑屈さが吹き飛んだ覚えがございます。先ほどの踊りの先生の例も有るように、「趣味」が「仕事」に変わっただけで、自分にも、社会的にも、「女装していることの整合性」が発生し、そこに差別や偏見が入り込む余地がなくなるからでございます。

さて、時は移り、世界的に「LGBT」と叫ばれ、法律で社会的に認知・保護され、その様な人が白い目で見られることは少なくなったのでございます。差別や偏見が全く無くなったわけではございませんが、ワタクシの時代と比べたら、その過ごしやすさは雲泥の差。もはや、「自分の居場所を見つける努力」なんてものは死語ではないかとも思われるのでございます。

「逆境が人間を崇高にする」という考え方もございます。では、風刺的に逆説を唱えてみましょうか。「逆境でもないと簡単に挫(くじ)けてしまうほど、人間ってのは弱い存在」とも言えるのでございます。逆境から抜け出した人々には、「文化的な輝き」が有るものでございます。努力や忍耐を積み重ねてきた人だからこそ出るオーラが有るのでございます。

LGBTと保護され、逆境が取り払われるほどに、オネエ、ニューハーフの世界は、その文化的輝きを失ってきている感じもいたします。「女装文化」ではなく、もはや「世俗・風俗」の類に成り下がった感もございます。こんな事を書くと、「それはアンタが歳を取ったせいだ」と言われちゃうのでしょうか。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。後のことは、後の世代に任せましょうかねぇ。では、では。


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