«前の日記(2018-08-26) 最新 次の日記(2018-08-28)» 編集

薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

2008|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|10|12|
2015|01|03|12|
2016|01|02|03|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2019|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2020|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2021|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2022|01|

2018-08-27 【ピーヒャラ、ピーヒャラ】

さくらももこさんが亡くなられたのですね。ご冥福をお祈りいたします。このさくらももこさん原作のアニメ『ちびまる子ちゃん』は、な~んか、いろいろ思い出が有るのでございます。

ワタクシ、20代中盤で、一度ニューハーフをやめていた時期がございます。舞台を目指すなんて血迷ったことを考えまして、3年弱、レッスンに明け暮れる日々を送っておりました。そのちょうどやめていた時期に放送されていたのが、アニメ『ちびまる子ちゃん』(第1期)だったのでございますよね。

この時期のワタクシ、今からは想像できないくらいに激やせでございました。。いろいろ将来のこととか気に病んでいたのでしょうねぇ。そんな時期に見ていたアニメですので、なおさら印象深いのかも知れません。

そんな時期の或る日、水商売の頃のお客様に連れられて、名古屋郊外の飲食店に連れて行ってもらったことがございます。その飲食店というか居酒屋、郊外にあるにも関わらず毎日大盛況。そこの店主の親父が毎日コミカルなショーを行うというので、当時話題になっていたお店でございました。

そこへ遊びに行ったとき、ショーの最中に、ワタクシ、舞台に引っ張り上げられちゃったのでございます。ショーの余興のひとつだったのですが、根っからの舞台根性に火がついちゃいまして、ワタクシ、舞台の上で、踊るわ、回るわの大立ち回り。ニューハーフのサガでしょうか、舞台に上がって照明を浴びると、自然に顔が笑顔になる。その笑顔、店主の親父がたいそう気に入っちゃったのでございます。

お会計を済ませて帰ろうとした際に、その店主の親父に呼び止められたのでございますよね。「俺の弟子にならないか」とのこと。普通、教えを請う者が「弟子にして下さい」というのはよくございますが、師匠の方から「弟子にならないか」とはチョイト面食らったのでございます。

よほど気に入られたのか、あるいは、よほど後継者に困っていたのか分かりませんが、飲食店の従業員としては破格の条件を示していただきました。ほんの数ミリ、心は動きましたよ。でもねぇ、その時期、ワタクシ、いろんなオーディションを受けて落ちまくっていたのでございます。なんか、自分が敗残者になるような気がしたのでしょうねぇ。丁重にお断りしちゃいました。

お話が大立ち回りになっておりますが、ワタクシがそのお店で踊るわ回るわしたときに流されていた曲が、『ちびまる子ちゃん』の主題歌、『踊るポンポコリン』だったのでございますよね。今から思えば、人生の重要な選択をしたような気がいたします。それゆえ、『踊るポンポコリン』には、ひときわ思い入れが有るのでございます。

若い頃は何かと自信が持てなくてねぇ、すごく良いオファーを頂くことも多かったのに、勇気を持てず、断ってばかりでした。年取って、オファーとか無縁になってから、「あぁ、いろいろ、運を、自分で捨ててたなぁ」と思い返すわけでございます。そんな思いにふけるとき、いつも思い出すのが『踊るポンポコリン』なのですよね。楽しい曲ではございますが、ワタクシにとってはちょっとほろ苦い曲でございます。

重ねて、さくらももこさんのご冥福をお祈りいたします。


«前の日記(2018-08-26) 最新 次の日記(2018-08-28)» 編集