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薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2018-08-03 【ニッポン無責任時代なんて映画もございました】

ここ最近、テレビ・新聞・ネットで同じ話題に触れることがございまして、「暑さのせいで、問題になっているのだなぁ」と実感させられたのでございます。何の話題かと申しますと、「水筒」。生徒が学校に持参する水筒でございます。

テレビで見たのは、浜田雅功さんの『ごぶごぶ』という番組。相武紗季さんがゲストの回でございます。多分、関西地区では6月に放送されていたのでしょうが、中部地区では1ヶ月遅れでつい最近放送されたばかりでございます。

相武紗季さんの母校、宝塚市の雲雀丘学園を訪れたシーンでの出来事。児童が教室を抜けている時間帯に撮影したシーンですが、机の上にもれなく、水筒が置いてあったのでございます。それを浜田雅功さん、不思議そうに眺めておりました。

次に、同じ水筒の話題を見たのは新聞。7月30日付の『毎日新聞』朝刊、西原理恵子さんの漫画『理恵さん手帳』でございます。この漫画では、児童の水筒持参を禁止する学校に理恵子かあさんが抗議に行くのですが、先生方の疲労感に何も言えず、おずおずと帰ってくるという内容。

(こっそり、この号の「理恵さん手帳」を見たいという人は、こちらをクリック)
 http://she-mail.jp/blog/images/180803_canteen.jpg

同じ水筒の話題がネットでも取り上げられておりました。冷泉彰彦さんの「プリンストン通信」というメールマガジンでございます。こちらは無料サンプルとして上がっていますので、クリックしてご覧下さい。


・猛暑でも「水筒ダメ」。なぜ小学校の多くは校則を改めないのか?
 https://www.mag2.com/p/news/366643


この猛暑ですから、児童に水筒くらい持たせるのは当たり前と思っておりましたが、禁止している学校も多いのですね。驚きでございます。その理由は、まぁ、「何かあった時、責任が取れないから」ということに集約されるのでしょう。

ワタクシはね、日本の学校にもう少し「自己責任」という考え方が有ってもいいと思うのでございます。絶対にやっちゃいけないルールだけ定めて、後は自己責任で水筒持参を認めるということ。今の「学校が全て管理」という考え方は、児童を思考停止させるのでございます。

水筒だけでなく全てにおいて「絶対に事故が起きないように、学校側が完全にチェックする」という体制なのでしょうね。その結果、「チェックなんかしてられないから、禁止してしまえ」ということになっちゃう。訳の分からない校則とか、校庭からジャングルジムが無くなっちゃったりするのも、この図式なのでしょう。

「前日の水を飲むと食あたりする」なんてことは、むしろ実際に経験することになったりしたら、それはそれで良い「学習」になるのでございます。こっそりジュースを仕込んでいくのも事故責任。「背徳」という快楽は、結局、自分の心の負担となって返ってくる両刃の剣。それもひとつの「学習」でございます。

イジメで生徒が自殺すると、学校側が謝罪をする。まぁ、学校の謝罪は仕方ないとしても、その学校に責任を追及しまくる親がいる。あれはおかしい。子供さんを自殺された親御さんには実に厳しい言葉となりますが、どうして親が気づかなかった? 学校よりも親の方が長い時間子供に接していたはず。傷心を埋めるためには何かを責めなくてはやりきれないのでしょうけど、責任の半分は親にある。

日本の先生方は、多大な業務で忙殺されております。その先生方の負担を少しでも軽くしようと思うと、どうしても校則が多岐に渡り、「禁止する」傾向が強くなる。これはひとえに、「何か起きた時、学校側の責任になる」からでございます。これが有る限り、「細かい校則で管理する」という体制は変わらないのでございます。

日本の学校は、もっと「自己責任」を乱発してもいいと思いますよ。最低限のルールを定めた上で、「○○、△△、□□...に関しては事故責任、何か起きても学校は責任を取りません」と最初から宣言してしまう。その方が、児童や生徒の自己管理能力が高まるような気もいたします。いかがなものでしょうか? では、では。


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