店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
今日は、「特別な日」でございます。9月1日(防災の日)が、本来、何の日であったかということは、多分若い人には薄れてきている事でしょう。しかし、この3月11日という日は、ほとんどの人にとって忘れたくても忘れられない日となってしまいました。
「ほとんど」と申し上げたのは、この震災後に生まれた人が、すでに小学校へ入学する年齢に達しているのですよね。70年代に「戦争を知らない子供たち」というフォークソングがございましたが、さしずめ「震災を知らない子供たち」ということになるのでしょうか。「忘れた頃にやって来る」とは、上手くいったものでございます。
今だに故郷に帰れない人達がいらっしゃいます。福島第一原発の近くに住んでいらっしゃった方々でございます。条件付きで一時帰宅は出来る様ですが、泊まる事は出来ず、6年が経過した今でも、ゴーストタウンのような有様のまま残っているようでございます。
若い人が、まだ低線量とはいえ放射線の影響が有る場所へ戻るのは、危険だと思います。しかし、高齢の方々は、いいのではないでしょうかねぇ。ひどく失礼な事を申しますが、低線量の放射線の影響を受けたとして、それが生命の危機に進行するまでに10年とも20年とも言われております。余命を考えると、人生の最後の時期を故郷で過ごさせてあげたいなという気持ちでございます。
まぁ、これはシロウト的な科学知識に因るところの勝手な願望でございます。致命的な間違いを犯しておりましたら、どうぞお叱り下さいませ。と言うか、この主張は何年も前にも同じ事を書いた覚えがございます。6年間の風雨で放射線物質はさらに希釈されている可能性もございます。ゴーストタウンに生活の息吹が戻るといいですよね。
高校生のとき、理科系の授業が選択制でございました。暗記の苦手なワタクシは、化学関係を避け、「地学」を選択しておりました。その授業で、習ったのが驚きの「地震予知」の方法。まぁ、本格的な予知ではなく、統計学的に予想するというものでございましたけどね。
地面の中には、一定の速さで歪みのエネルギーが蓄積されているのでございます。それが、定期的に地表に放出されるのが「地震」。地震の規模にも「極大」「大」「中」「小」「極小」とございます。このランクひとつが、エネルギー量でいうと100倍(1/100)くらいの差が有る。つまり、ひとつ下のランクの地震が100回くらい起こると、その上のランクの地震1回と同じくらいのエネルギーを放出することになる(数字はうろ覚え)。
ここで、「じゃぁ、小さい地震がたくさん起きてエネルギーを放出していれば、大きな地震は起きないのでは」と普通は考える。ところがですね。統計学的に小さな地震がそんなに多くは起きないことが記録として残っている。つまり「いろんな大きさの地震が、ある一定の割合で必ず起きる」ということが、予想できるのでございます。
どこで起きるかというのは、分からない。あくまでも統計学的な考察ですので。非常に大ざっぱに言いますと、関東大震災や東北大震災レベルのものは、100年に1回はどこかで起こるだろう。熊本地震レベルのものは10年に1回程度は起こるだろう。というのが、統計学的で得られる地震の確立でございます。
日本の歴史の中でも、大地震にまつわる出来事は、多く記録に残されております。日本人は古来から、地震や津波や饑餓といったものと戦ってまいりました。でもね、ちょっとプラス的な考え方をいたしますと、こういった逆境が、日本人の知恵や価値観、忍耐力を育てたのかもしれません。
日本という国は定期的に大災害が起きる、これは仕方がないようでございます。しかし、そのおかげと言うと語弊がありますが、その結果、日本が世界のトップクラスの先進国として成長する事が出来たのだとしたら、この日本が背負っている運命も痛し痒しということになります。