店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
さて、これは特定の誰かのことを言っているのではなく一般論として読んで頂きたいのですが、最近の若い人はコミュニケーション能力に困っている人が多いですよね。世の中や大人に対して、どのようにコミュニケーションを取ればいいのかを学びそこなっている人が多いのでございます。学びそこなっているというか、自分の苦手な人とのコミュニケーションを、ひどく面倒くさがっている様でございます。その結果、「大人や世の中には、こんな顔をして、こんな言葉で答えれば納得してもらえる」という要領ばかりが身についてしまい、仮面を被るようになってしまっております。
一見はいい子に見えるのですが、実のところは「いい子の仮面」ですので、「真面目だな」と思って本人の良識に任せていると、簡単に迷走や暴走を始めてしまうのでございます。最近の真面目な子というのは、外見から感じるほどには、その内面は整合されていないのでございます。そして、仮面という防波堤を作っておりますので、心情に訴えるという話し方が難しい。それで、ついついルールを決めて守ってもらうという「契約」的な指導に走らざるを得なくなる。最初から(大人と)コミュニケーションを取ろうとする意思がないために、このような接し方になってしまうのでございます。
この若い人が大人とのコミュニケーションを面倒くさがるという傾向は、ネット時代の産物ではないでしょうか。ネットのコミュニケーションというのは、「都合のいい人だけを選ぶ」ことが出来るのでございます。また、不愉快なことがあれば放置したり回線を切ったりすることもできる。自分に対するストレスを未然に回避できるのですよね。ところが人とのコミュニケーションでは、自分と適合しない人とも何らかの接点を持たなければならない場合も多い。本当は、この小さなストレスの積み重ねがコミュニケーション能力を向上させていくはずなのですが、ネット上のコミュニケーションでストレスを回避していると、コミュニケーション能力を育てそこなったまま、年齢ばかりが大人の領域に入ってしまうということになるのでございます。
最近は「伊達マスク」というのが流行っております。あれも、顔を隠すことによって大人や社会とのコミュニケーションをしなくてすむようにしているのでございます。昔はそういったアイテムの代表は「サングラス」でございました。若い人が格好つけてサングラスをかけるのは、こういったコミュニケーションを面倒くさがる気持ちの表れでもあるのでございます。けれど、サングラスはかけられないシチュエーションも多い。だから、コミュニケーションの能力不足に落ち入る度合いも少なかった。ところが、マスクは授業中であろうが仕事中であろうが、一日中つけていられる。その結果、「マスク依存症」とも思える深いコミュニケーション能力不足に落ち入っている人も、ときどき見受けられます。ちょっと心配になったりいたします。