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薫さんのひとりごと

店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです

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2018-03-04 【溶け込んで意識しなくなること、それがバリアフリーかも】

オリンピックの話題もひと段落し、ボチボチ、パラリンピックの話題が...出てきませんねぇ。オリとパラのこの温度差、空しいですねぇ。

ワタクシ、かねてより主張し続けておりますが、オリンピックとパラリンピックは、同時開催が望ましいと思っております。別大会として分けずに、ごちゃ混ぜにして開催するのでございます。世の中、バリアフリーとか言われているのですから、これもバリアフリーにしちゃいましょうよ。

どうしてこう思うかと申しますと、オリンピックは注目を浴び、大勢の観客のもと、盛大に開催されますが、パラリンピックの方はどうも日陰感がございます。ハンディキャップを克服して出場された方々に、その大観衆の声援を浴びて頂きたいという想いが第一でございます。

開会式の入場行進、あの隊列の中に車いすが混じっていてもいいじゃないですか。目の不自由な選手が他の選手に誘導されながら行進する、そんな姿があってもいいじゃないですか。ハンディキャップの有無は有れ、アスリート同士、スポーツにかける想いは同じはずでございます。

オリンピック候補と言われていた選手が怪我をし、リハビリの末、パラリンピックに出場するという例も少なくございません。今回の平昌パラリンピックに出場する、成田緑夢(ぐりむ)選手もその一例でございます。

また、同時開催することで、競技日程が緩やかになるということもございます。アイスホッケー、バスケットボール等、オリンピックとパラリンピックで同じリンク(コート)を使う競技ならば、1日の中でオリとパラを混在させることが可能でございます。決勝戦とか、大観衆の中、パラの決勝の後に連続してオリの決勝が行われるとか(まぁ、順番はどちらでもいいのですが)、想像してみて下さいませ。

陸上のトラック競技とかは、本当に選手をごちゃ混ぜにして、同時に同じトラックで走らせるというのはどうでしょう? 短距離などでは、義足で、健常者と遜色ないタイムを出す選手もおります。ごちゃ混ぜで組み分けをし、記録・集計の際にクラス分けをすればいいのでございます。車いすの選手の混在は難しいでしょうが、義足の選手なら可能だと思うのですよね。

ハンディキャップの有る人と無い人、それらが分け隔てなく「混ざる」ことが、本当のバリアフリーだと思うのですけど。そして、混ざることで、両者の「相手への気遣い」が発生いたします。この「気遣い」こそが、バリアフリーの原点なのではないですか?

パラリンピック(の前身)が開催され始めたのが、1960年頃。その後、夏期は1988年のソウル大会から、冬季は1992年のアルベールビル大会から、正式に「パラリンピック」となり、オリンピックとの同一都市開催が定着いたします。

オリンピックに寄り添うようにして発展してきたパラリンピック、2年後の東京で「融合」することは、難しいかなぁ? 2年しかないし、オリンピック憲章とかハードル高そうだし。でも、「夢を語らなければ、現実は語れない」でございます。いつの日か、融合する日はくるかなぁ? では、では。


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