店主、名古屋薫が、お店に関係あることや、お店に関係ないこととか、
いろいろ書いたりするかもです
本日は久しぶりにお休みをいただきまして、映画などを見てまいりました。『カールじいさんの空飛ぶ家』『2012』の二本でございます。いつもながら、映画の内容は書きませんので、まだ見ていない人も安心してお読みください。
「カールじいさん〜」は、最近増えてきた3D(立体)映画でございます。客席の入り口で専用めがねを渡されまして、それをかけて映画を見ると、立体に見えるのでございます。このめがね、液晶シャッター式のようで、めがねを使って画面を見ると少し暗くなってしまう。それでなくても、ワタクシの目は夜盲症の傾向がございまして、映画の薄暗いシーンは非常に苦手。結局、画面の明るさに応じて、専用めがねをはめたり、はずしたり、はめたり、はずしたり、はめたり、と忙しかったのでございます。
立体の度合いはそれほど強くなく、ほぼ自然に見える感じ。小さな子供が怖がったり、気分が悪くなる人が出ないようにとの配慮でしょうか。多分、テーマパークなどのアトラクションの立体映像の方が、もっとド派手な設定にされているはずでございます。ああいったものは視聴時間が短いですからね。そういえば、最近はデジタル処理だからこういった立体映画も簡単なんでしょうが、ワタクシが子供の頃、東映まんが祭りとかの「赤青セロハンめがね」で観た立体映画は、大変だったんでしょうねぇ。仮面の忍者赤影の適役の金棒がワタクシの頭の上をかすめ、オシッコをちびりそうなくらいに怖かった覚えがございます。
さて、前作の『ウォーリー』の出来があまりにも良かっただけに、この『カールじいさん〜』にも期待されるところでございますが、う〜ん、非常によく出来てはいるものの、残念ながら『ウォーリー』を超えてはいないかも。『カールじいさん〜』は、映画のいちばん感動的な部分を予告編としてバンバン流しちゃっていたのがいけないと思いますよ。ただディズニーの映画には、「絶対に不愉快にならない」という安心感があるのでございます。これは、ディズニーの映画ポリシーが作り上げた良き伝統でございますよね。
では、『2012』のお話でもしましょうか。こういうのは「一種のパニック映画」と扱えばいいのでございましょうか。人類滅亡型のパニック映画というのは、昔からいろいろあるのでございます。その他、風災害型パニック映画、人災型パニック映画も含めれば、映画というのはパニック映画の宝庫なのでございます。昔のパニック映画というのは、特撮にそれほどの時間を割けませんので、必然的に「人間模様」のゴタゴタが話のメインになっていくわけでございますよね。
ところが、この『2012』のように、驚異的なCG画像がてんこ盛りになっちゃいますと、ストーリーの人間模様が“どうでもよく”なってくるのでございます。映画館だから駄目だけど、もし自分の部屋でDVDを観ているのだったら、多分、CG以外のシーンを全部早送りで進めていたかも。と書いて、ふと思ったのでございます。この「どうでもいいシーンを早送りで送る」って、これって、「エロ映画」を見るときのノウハウではございませんか。結論! パニック映画のCG技術が進めば進むほど、映画はエロに帰結する!
アニメでもそうですが、CGで作製されたシーンというのは、情報量が多すぎるのでございますよね。観ている方がその情報量に追いつかなくて、何が起きているかを十分に読み取る前にシーンが進んで行ってしまう。そういった点では、CGに制約の多かった昔の方が、「適度なディテールの省略」があって、見やすかったような気がいたします。すると、今後はCGの乱用が見直される流れになるのでしょうか? 実際、ちょっと前にかけられていた『剣岳 点の記』という映画はCGを全く使っておらず、それゆえの安心感や臨場感、現実味が感じられたのでございます。当店が「完全年中無休」をうたっているように、「完全CG無使用」というのも、CG技術が発達した今だからこそ、映画のうたい文句のひとつとして有効になり得ると思っております。